会社員を辞めて1年ちょっと、デビュー曲の再生回数は200万回を突破し、POP YOURS 2026のステージに立った。
東京都出身のフィメールラッパー・Litty(リティ)。
アメリカの大学でビジネスを学び、帰国後はコンサル会社に就職。そのキャリアをあっさり手放してラッパーになった彼女の快進撃は、「バックボーンがない」と言われながらも米国名門レーベルEMPIREとの契約、USラッパー310babiiとのコラボ、デビューアルバム『Get Litty?』のリリースへと続いています。
「私は自分のことを包み隠さず話してる」——その言葉通り、リリックにも、インタビューにも、等身大の自分をそのまま晒してきたLittyについて、今回は徹底的に調査した内容をお届けします。
Littyの読み方・本名について
「Litty ラッパー 読み方」についてよく検索されているので、まず整理しておきます。
読み方は**「リティ」**です。「リッティー」と読む場合もあるようですが、本人の発音は「リティ」です。
本名については非公開です。
「Litty」というアーティスト名の由来については「lit(盛り上がった・テンションが上がった)」というスラングが語源とみられており、アトランタのヒップホップシーンで使われる表現と親和性の高い命名センスが感じられます。
Littyの年齢・身長・ハーフについて
年齢については公式に公開されていません。
インタビューで「高校までは勉強嫌いだったが大学で成績を上げてオールAで首席卒業した」「アメリカの大学を卒業後に就職し、その後ラッパーになった」という話があり、2024年にデビューしていることから、2026年7月時点で20代前半〜中盤とみられます。
「Litty ラッパー 何歳」という検索も多いですが、本人から年齢の公表はありません。
身長も非公開です。「Litty ラッパー 身長」という検索が多く見られますが、各MVや写真から小柄な印象を受けるとのコメントも多く、実際の数値は確認できていません。
「Litty ラッパー ハーフ」という検索も非常に多く見られます。
音楽ナタリーの公式プロフィールには「アメリカと日本の文化的ルーツを持つ次世代ラッパー」と記されており、日米のルーツを持つことは確かです。
ただし、どちらの親がアメリカ人であるかなど詳細については公開されていません。
Littyの両親・育ちについて
「Litty ラッパー 親」という検索が見られます。
Littyはインタビューで「大富豪の娘なの? とか言われるんですけど、まったくそんなわけではないです」と笑いながら語っています。
ただし、「教育には不自由しなかった。アメリカへの毎年の夏の留学、4年間の大学留学——それが今に活きているので、両親には感謝してる」とも語っており、教育面での環境には恵まれていたことがわかります。
音楽的なルーツについても両親との関係が垣間見えます。
小学6年〜中学1年頃からUSラップを聴き始めた背景には、iPod touchにUSのトップチャートをラジオアプリで入れて毎日聴いていたという習慣があり、「毎年夏はアメリカに留学していたので耳も慣れてきた」という言葉から、海外経験を積ませてくれた親の環境がLittyの音楽的土台を作ったことが伝わってきます。
Littyの大学・学歴について
「Litty ラッパー 大学」という検索が多く見られます。
Littyはアメリカの大学のビジネス学部を卒業しています。
学んだのはマーケティング、コーポレートファイナンス、フィンテックなどで、「首席で卒業した」と本人がインタビューで語っています。
高校時代は「成績がやばくて、ずっと先生に怒られてたタイプ」だったというLittyが、大学では目標を設定して逆算思考で取り組み、オールAで首席卒業を果たしたというエピソードは、現在のラッパーとしての戦略的な動き方にそのまま直結しています。
「努力の方向を間違えないでほしい」とLittyが後輩ラッパーたちへ語るアドバイスは、まさにこの大学時代に身についたマーケティング思考から来ているといえます。
Littyのコンサル会社・会社員時代について
「Litty ラッパー コンサル 会社」という検索が多く見られます。
Littyはアメリカの大学を卒業後、日本に帰国してコンサルティング会社に就職しています。リモート勤務で毎朝9時から17時まで働き、残業もない職場だったといいます。
しかしラップを始めてからは「仕事中も曲のことばかり考えてしまう」「17時に仕事が終わったらすぐ家でレコーディングして、気づいたら夜中の2時3時」という日々が続きました。「何だったんだ、今までの会社員生活は? みたいな」と笑いながら語るように、ラップを始めてからのめり込み具合はすさまじく、間もなくフルタイムのアーティスト活動へとシフトしています。
「普通に真面目に大学で授業を受けて、勉強頑張ってオールAとって首席で卒業して、就職して、毎朝会議して……みたいなことを経てきているので、本当に生活が変わったなと思います」という言葉が、その転換の大きさを物語っています。
Littyがラッパーになるまでの経緯:小6からUSラップを浴びるように聴いた
Littyが最初にヒップホップに出会ったのは小学6年〜中学1年頃です。
iPod touchにUSのトップチャートをラジオアプリで入れ、毎日聴き込んでいました。
当時はDrake、Nicki Minaj、Tyga、Lil Wayneが席巻していた時代で、Young Moneyの「BedRock」をきっかけにヒップホップがしっくりくるようになり、「意味も分からずとにかく歌えるくらいまで聴いてた」といいます。
毎年夏のアメリカ留学で耳が鍛えられ、英語の理解が深まるにつれ「こういうことを言ってるんだ」「こんなところで韻を踏んでるんだ」という発見が積み上がっていきました。
日本のカトリックの女子校に通っていたLittyの周りは「ジャニーズとかK-POPが流行っていた」時代。
ヒップホップを語れる親友がただひとりいて、その友人が唾奇などの日本語ラップを教えてくれたことで、「めっちゃいいじゃん!」と日本語ラップの面白さにも気づいていきます。
プロデューサーLion Meloとの出会い
ラッパーとしてのキャリアは、プロデューサーLion Meloとの出会いから始まりました。
人生で初めてフルで作った曲「NO TEARS」をLion Meloに聴かせたところ「めちゃくちゃいい」という反応が返ってきます。
「お世辞なのか本当なのかわからなかった」と言いながらも、友人にも聴かせてポジティブな反応をもらい、少しずつ自信がついていきました。
2曲目として制作した「Pull Up」がフルで完成した際、Lion Meloから「やばいじゃん、これ。一番やばい」と言われたことが、本格始動への決定的なひと押しになりました。
「Pull Up」の大ヒットとEMPIREとの契約:デビュー曲が6カ月で190万回再生
2024年9月にリリースしたデビューシングル「Pull Up」は、公開からわずか6カ月でYouTube再生回数190万回(現在は400万回超)を突破しました。
「MV再生、5万、10万いったらいいね」とLion Meloと話していたのが、本当に10万をあっさり超えてしまったといいます。
「え……?」となった2人がそこから一気に楽曲制作を加速させていった様子が、デビューのスピード感をよく表しています。
「ローボイスでポップな低い声」という唯一無二の声質と、BPM100のクラブバンガーへの適性——これらが重なったことで、Lion Meloも「BPM100に乗れるラッパーがあまりいなかったからすごく嬉しかった」と語っています。
米国名門レーベルEMPIREと契約
「Litty ラッパー レーベル」という検索が多く見られます。
Littyはヒップホップ・R&Bジャンルの米国名門レーベル**「EMPIRE(エンパイア)」**と契約しています。
Kendrick LamarやT.I.、BIG Sean、Ty Dolla $ignらの楽曲を手がけてきたレーベルで、その契約はEMPIRE側からのアプローチで実現しました。
EMPIREの担当者に「日本語が分からなくても伝わるフロウがある」と評価され、「見た目と音楽性のギャップも良かった」という理由で契約へと至ったといいます。
「USっぽい見た目でUSラップっぽいことを歌うラッパーじゃないから良い」という言葉が、Littyの音楽的な個性の核心をついています。
Littyとアイドル・グラビアについて
「Litty ラッパー アイドル」「Litty ラッパー グラビア」という検索が見られます。
これはLittyのビジュアルや雰囲気がアイドル的な要素を持つことへの関心からきているとみられます。
「かわいい」という評価とラップというギャップが話題になりやすく、「見た目と音楽性のギャップが良い」というEMPIRE側の評価にも通じています。
グラビアについては、現時点でグラビア撮影を行ったという公式情報は確認できていません。
ただしファッション面での注目度は高く、ライブ衣装やビジュアルが話題になることも多いようです。
本人はインタビューで「私もスウェットでライブに出させてくれって思う」と語っており、女性ラッパーが外見について過度に言及されることへの違和感も率直に話しています。
LittyとManakaの関係【リトグリとの接点】
「Litty ラッパー manaka」「Litty ラッパー リトグリ」という検索が多く見られます。
Littyが親しいアーティストとして名前を挙げているのが、元Little Glee MonsterのManakaです。
2人はコラボ楽曲「Cheese (feat. Manaka)」を制作してMVも公開しており、さらに新曲「Going」でもコラボを果たしています。
「Cheese」はLittyが「BPM100のクラブバンガー系の曲」として挙げる楽曲のひとつで、Manakaの歌声とLittyのラップが組み合わさった化学反応が話題を呼びました。
Manakaはグループ「Little Glee Monster(リトグリ)」の元メンバーとして知られており、このコラボがきっかけで「Litty リトグリ」という検索ワードが生まれているようです。
