「弱さをそのまま吐き出せる場所が音楽だった」——この言葉が、OZworldというラッパーの核心を表しています。

沖縄県嘉手納町出身のラッパー・OZworld(オズワールド)

本名は奥間玲央(おくま れお)、1997年11月17日生まれ。

生まれつき下半身に感覚がなく杖を使って歩くという身体的なハンディキャップを持ちながら、高校生ラップ選手権でR'kuma名義として全国に名を轟かせ、沖縄のうちなーぐち(沖縄方言)を武器にした独自のフロウで日本語ラップシーンの最前線に立ち続けています。

2025年10月には初の日本武道館公演「369 at 日本武道館」を開催したOZworldの軌跡を、今回は徹底的に調査してお伝えします。

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OZworldの読み方・本名・名前の由来について

「OZworld」の読み方は**「オズワールド」**です。

「オズワルド」と間違えて読まれることがありますが、正しくは「オズワールド」です。

**本名は奥間玲央(おくま れお)**で、旧名義「R'kuma(レオクマ)」は本名の「レオ(reo)」+「奥間(okuma)」から来ています。

2018年にR'kumaからOZworldへと改名した理由は、バトルラップ寄りのイメージから脱却し、楽曲制作に力を入れるアーティストとして新たな一面を表現したかったためです。

「OZ」はオズの魔法使いの世界観から、「world」は自分だけの世界を表現するという意味合いを持つと解釈されており、改名そのものがOZworldというアーティストの転換点を示しています。

OZworldの年齢・身長について

OZworldは1997年11月17日生まれで、2026年7月時点で28歳です。

身長は非公開ですが、ライブでの存在感と独自のビジュアルスタイルが常に話題を呼んでいます。

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OZworldの足・義足・障害について

OZworldは生まれつき下半身に感覚がなく、杖を使わなければ歩けないという身体的な障害を持っています。

ステージでは杖を手に持ちながらバイブスを爆発させ、言葉の強さで観客の空気を変えるパフォーマンスを見せており、身体的な制限がそのままアーティストとしての表現の強さに転換されています。

楽曲「OZKNEEZ FXXKED UP」(2ndアルバムタイトル)のように、自身の膝・足にまつわる身体的な現実を作品タイトルにするという表現も、OZworldがその障害を隠すのではなく音楽として昇華させるスタンスを体現しています。

また2022年には「奥間玲央」名義でInstagramに義足を想起させる絵文字(🦿)を含む投稿をしており、こうした発信がファンの間での関心につながっているとみられます。

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OZworldの生い立ち【母親・沖縄嘉手納・Def Tech・ストリートカルチャー】

生後すぐに両親が離婚、母親に育てられた

OZworldは1997年11月17日、沖縄県嘉手納町で生まれました。

両親は生まれてすぐに離婚し、母親のもとで育てられています。

複雑な家庭環境ながらも、音楽との出会いがOZworldの人生を変えていきます。

初めて買ったCDはDef Tech

OZworldが人生で最初に購入したCDは、沖縄出身のユニット「Def Tech」のアルバムでした。

沖縄の音楽シーンから生まれたDef Techのサウンドが幼いOZworldの音楽的感性の土台を作り、後のうちなーぐち(沖縄方言)ラップへのこだわりにもつながっているといえます。

先輩の誘いとラップの始まり

高校1年生のとき、地元のイケてる先輩に「ラップしようぜ」と誘われたことがラップを始めたきっかけでした。

「お金使わないし、いいか」という軽い動機でスタートしたというエピソードが、いかにもOZworldらしい等身大の正直さを表しています。

同じ年の夏休みには沖縄市のクラブ「L-LINE」で初めてのライブを行うなど、始動からのスピードも際立っています。

2015年、Rude-αとの「CoCo ga OKINAWA」が反響を呼ぶ

高校2年生の2015年、沖縄の先輩ラッパーRude-αとともに制作した「CoCo ga OKINAWA」が大きな反響を生みます。

沖縄の文化・言葉・空気感をそのままラップにしたこの楽曲が、当時のシーンで高い評価を受け、OZworldのラッパーとしての可能性を広く知らしめました。

OZworldと高校生ラップ選手権【R'kuma名義での挑戦】

高校3年生になったOZworldは、当初は無理だと思っていた**「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」に当時のR'kuma名義で出場します。**

予選大会を3度受けて3回目でようやく予選を突破するという粘り強さを見せ、出場権を獲得しました。

2016年の第9回大会に出場したのは、高校を退学して通信制に転校した後のことで、本人も「正直ラップどころではなかった」と語るほど人生的に厳しい時期でした。

しかしその経験が転機となり、同年に開催された第10回高校生ラップ選手権(歴代チャンピオン5人と視聴者投票選出11人によるオールスター選)にも連続出場を果たします。

意外なことに、OZworldはフリースタイルのラップバトルが「本当に嫌いだった」と告白しています。

「初めて会った人をディスするのどうやってやるんだろう。揚げ足取るのうま、みたいな」という言葉が示すように、バトルよりも楽曲制作こそが自分の本質だというスタンスが、その後のR'kumaからOZworldへの改名という転換につながっていきます。

OZworldのファッション・アパレルについて

OZworldはアパレル・ジュエリーブランドプロデューサーとしての顔も持っています。

音楽活動以外にもアパレル・ジュエリーブランドのプロデュース、NFTプロデュースなど幅広い活動を展開しており、ファッション面での存在感も高いアーティストです。

Compflex(コンプフレックス)名義でのアパレル展開も行っており、「弱さ(コンプレックス)」を「強さ」に変えるという哲学がブランド名にも込められています。

OZworldの彼女・結婚について

彼女・結婚については現時点で公式に発表されている情報はありません。

プライベートな情報については多くを語らないスタンスを取っており、音楽とパフォーマンスを通じての表現に注力しています。

OZworldと武道館公演

2025年10月、OZworldは初の東京・日本武道館公演「369 at 日本武道館」を開催し、大成功を収めました。

「369(みろく)」という数字には仏教的な「弥勒(みろく)」の概念が込められているとも解釈されており、OZworldの精神世界と音楽観が反映されたタイトルです。

生まれつきの身体的なハンディキャップを持ちながら、沖縄の小さな街からスタートしたR'kumaが、日本の音楽の聖地・武道館に立つまでの物語は、多くのリスナーの胸を打つものがあります。

OZworldの現在の活動状況

武道館公演後も精力的な活動を続けており、OZworldとしての音楽・アパレル・クリエイティブ活動は拡大中です。

ただし2025年にはZEPPツアーの全公演をキャンセルするという出来事もあり、心境を楽曲として歌い上げています。

「OZworldに何があったのか?Zeppツアー全公演キャンセルした現在の心境を歌う」という音楽ナタリーの見出しが示すように、自分の状況をそのまま音楽にして伝えるというOZworldのスタイルは、ピンチにあってもぶれることがありません。

最新のライブ情報は公式Instagram(@ozworld_official)や各チケットサービスでの確認が確実です。

OZworldと沖縄【うちなーぐちと「命どぅ宝」の精神】

OZworldの音楽の最大の個性のひとつが、うちなーぐち(沖縄の方言)を使ったラップです。

2023年にAwich・唾奇・CHICO CARLITOとともに参加したRed BullのサイファーARASEN(「RASEN」)でのうちなーぐちラップは特に大きな反響を呼び、沖縄のアーティストが自分の言葉で世界に向けて発信するという意味で象徴的な場面となりました。

「命どぅ宝(ぬちどぅたから)」——「命こそが宝」という沖縄の言葉が示す生への強いこだわりは、生まれつき身体的なハンディキャップを持ちながら音楽を続けるOZworldの姿と深く重なります。

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