「秋葉原にエネルギーをぶちかましに来ております」——関西弁でそう笑いながら話すラッパーが、ヒップホップシーンに宇宙から降ってきた。

埼玉県出身のラッパー・3Li¥en(エリイェン)。

2001年5月25日生まれ、日本人の母親とナイジェリア人の父親の間に生まれ、幼少期をナイジェリアとアメリカで過ごし、10代には荒れた生活を送りながらキャバクラで働き、元カレの哲学的な一言で人生が180度変わった。

2024年に千葉雄喜の「チーム友達」GALSリミックスへの参加でデビューし、MVがYouTubeで400万回再生を突破。ラップスタア2025でHOOD STAGEに進出し、2025年12月に1stアルバム「High Energy」をリリースした。

日本でもナイジェリアでもアメリカでもない——だから「宇宙人(3Li¥en)」と名乗る、25歳のエイリアンの物語を今回は徹底的に調査してお伝えします。

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3Li¥enの読み方・名前の由来について

「3Li¥en」の読み方は「エリイェン」です。

「ALIEN(エイリアン=宇宙人)」を「3Li¥en」という独特の表記に変形させた造語で、「3」はALIENの「AL」に相当する感覚で使われており、「¥」は円マークでYENを表しています。

名前の由来は「日本でもナイジェリアでもアメリカでもない、どこにも属さない宇宙人」という自己認識から来ています。

3つの国を渡り歩いてきた自分のルーツを「エイリアン」というコンセプトで昇華した命名は、3Li¥enというアーティストの音楽哲学そのものを体現しています。

3Li¥enの年齢・身長・本名について

3Li¥enは2001年5月25日生まれで、2026年7月時点で25歳です。

身長については公開されていません。

本名は非公開です。

3Li¥enの出身・国籍・ハーフについて

3Li¥enは埼玉県戸田市出身です。

日本とナイジェリアのルーツを持つハーフで、日本人の母親とナイジェリア人の父親の間に生まれました。

「幼少期にナイジェリア、その後アメリカでの生活を経験した異色のバックグラウンドを持つ」とAH1の公式プロフィールに記されており、この多国籍な経験が3Li¥enの音楽と世界観の根底にあります。

国籍については公式な発表はありませんが、日本で生まれ育ちながら、ナイジェリアとアメリカという二つの国での生活経験を持つことが確認されています。

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3Li¥enの生い立ち【ナイジェリアへの旅・騙された幼少期・日本での孤立】

「旅行」のつもりが、ナイジェリアの小学校に入学させられた

3Li¥enの幼少期のエピソードの中で最も衝撃的なのが、ナイジェリアへの移住をめぐる話です。

父親から「旅行に行くよ」と伝えられてついていくと、実はナイジェリアのラゴスに住むことになっており、通う小学校まで決められていたといいます。

当時は「騙された」という感覚があったと3Li¥en本人が語っていますが、後になって「ナイジェリアで過ごした時間のおかげで自分自身のルーツを知ることができた」と意味を見出しています。

この経験はゴスペルやアフロビートという音楽ルーツの形成にも直結しており、後の3Li¥enのサウンドの核心になっています。

日本に戻ってからの孤立感

約7年をナイジェリアで過ごした後に日本に戻ってきた3Li¥enは、学校で自分だけが黒人の子供だったような感覚を味わったといいます。

見た目や多国籍なルーツで判断されることもあり、どこにも属せない感覚が積み重なっていきました。

この経験がそのまま「どこにも属さない宇宙人=3Li¥en」というアーティスト名の核心につながっています。

10代の荒れた生活とキャバクラ時代

「今の明るいキャラクターからは想像もつかないが、10代の頃は荒れた生活を送っていた」とKAI-YOUのインタビューに記されています。

家族の問題、暴力的な環境、キャバクラで働いていた時期——この10代の経験が3Li¥enの人生の底を作りました。

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3Li¥enが変わった日——元カレの哲学的な一言

荒れた生活を送っていた3Li¥enを180度変えたのが、大阪で出会った元カレの言葉でした。

哲学を学んでいたその元カレから、こう言われたといいます。

「人は動けば変わんで」

「結局死ぬのに、あんた何も成し遂げんくてええの?」

「ハイエナジー食らったわ」と感じた3Li¥enは、キャバクラを辞め、夜遊びを控え、自分と向き合う時間を作り始めました。

後に浮気が発覚して別れることになりますが、今の3Li¥enは「別れてくれてありがとう、全てに意味がある」と笑顔で言い切ります。

この元カレとの別れが、現在の3Li¥enのアーティストとしての核心にある「ハイエナジー哲学」の原点になっているというのは、なんとも3Li¥enらしい人生の転じ方です。

3Li¥enの関西弁について

「3li en 関西弁 なぜ」という疑問が多くのリスナーから生まれています。

3Li¥enは埼玉出身ですが、インタビューや日常会話で関西弁を使うスタイルが特徴的です。

KAI-YOUのインタビューでは「24歳、日本とナイジェリアのハーフの3Li¥en(エリイェン)さんだ。自らをエネルギー屋さんと称する彼女の口からは、関西弁の軽快なトークが溢れ出す」と描写されています。

大阪での生活経験や交際経験が関西弁の素地を作ったとみられており、埼玉出身ながら関西弁で話すというギャップが3Li¥enの「宇宙人感」をさらに際立てています。

3Li¥enの母親について

「3Li en 母親」への関心は、3Li¥enのリリックのインスピレーション源としての母親の存在から来ています。

Droptkyoのインタビューで「リリックを書くときのインスピレーションは?」という質問に対して、3Li¥enは「ママが多いですね。生き方がギャルで、頑張り屋さんな人で、眩しいです。私のエネルギーを高いところに持ってきてくれたので、私もみんなを高いところに連れて行ける様に頑張ります」と答えています。

日本人の母親が「生き方がギャルで頑張り屋さん」という表現に、3Li¥enの明るいエネルギーの源泉が伝わってきます。

座右の銘として挙げた「the best is yet to come(最高な時はこっから来る)」も「パパがよく口にする言葉」とのことで、日本人の母とナイジェリア人の父、両方から3Li¥enのエネルギーが育まれていることがわかります。

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