DABOとCHANNEL5、そしてNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDへ
1995年、CHANNEL5の結成
1995年頃、DABOはDJ HAZIME・SUIKEN・KEI-BOMBらと「CHANNEL5」というグループを結成します。
この頃からシーン内での評価を積み上げていったDABOは、1997年にはSHAKKAZOMBIEの楽曲「共に行こう -version pure-」にGORE-TEX・SUIKEN・MACKA-CHINと共に客演。
インディーズシーンでの実績を重ね、1999年には初のソロ名義12inchシングル**「MR.FUDATZKEE」**をReality Recordsからリリースします。
「ふだつき」の意味について
**「Dabo ふだつき」**への関心が高い背景には、ソロデビュー作「MR.FUDATZKEE(ミスター・ふだつき)」への興味があります。
「ふだつき(札付き)」とは「悪い評判が定着している人物・不良」を意味する日本語で、自らを「ミスター・ふだつき」と名乗るという挑発的なスタンスが、デビュー当初からのDABOのキャラクターを示していました。
2000年、NITRO MICROPHONE UNDERGROUNDの衝撃
2000年10月7日、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND(以下ニトロ)のメンバーとしてアルバム『NITRO MICROPHONE UNDERGROUND』をリリース。
DABO・GORE-TEX・SUIKEN・MACKA-CHIN・DELI・YOU THE ROCKなど総勢9名のMCが揃ったこのグループは、00年代の東京ユースカルチャーを代表するHIPHOPコレクティブとして大きなムーブメントを巻き起こしました。
「アンダーグラウンドな枠にとどまらず」と評されたニトロの存在は、日本語ラップをメインストリームへと押し上げる力の一端を担いました。
DABOとDef Jam Japan【第1号アーティストとしてのメジャーデビュー】
「拍手喝采」でDef Jam Japanの歴史を刻む
2001年、DABOはRUN-DMCを輩出したアメリカの老舗レーベルDef JamのJapan部門「Def Jam Japan」の第1号ソロアーティストとして「拍手喝采」でメジャーデビューを果たします。
「Def Jamのえんじ色のレコードラベルに『DABO/拍手喝采』の文字を見たときは日本人のラッパーがDef Jamからレコードを出している…!と感動した」という当時のリスナーの言葉が、この出来事がシーンにとっていかに衝撃的だったかを物語っています。
日本でもHIPHOPのラッパーとして成功できる、アメリカからも認められることができる——DABOの存在はその好例として、当時のB-BOYたちの羨望を一身に集めました。
「レクサスグッチ」とワイルド・スピード
2001年にリリースした1stアルバム「PLATINUM TONGUE」収録曲「レクサスグッチ」は、映画「ワイルド・スピード」日本公開版のエンディングテーマに採用されました。
「レクサスグッチ」というタイトルが示すように、ラグジュアリーブランドと高級車を組み合わせたフレクスとしての楽曲であり、当時のヒップホップシーンのエッセンスが凝縮された一曲です。
その後、全国20都市のライブツアーを成功させ、CHEMISTRYの川畑要と「KAWABATA and DABO」名義でアナログ盤「BROTHERHOOD」を発表。CHEMISTRYの1stアルバム『The Way We Are』にも収録されるなど、ヒップホップの枠を超えた活動を展開していきます。
DABOのファッションと「ダボ」スタイル
**「ダボ ラッパー ファッション」**への注目が示すように、DABOのファッションセンスは音楽と並んで常に語られてきた要素です。
「ダボダボ(ゆったりとした)」なシルエットがヒップホップファッションの代名詞であった時代から、DABOは一貫してハイセンスなスタイルを維持してきました。
ラッパーとしての活動に加え、自らがイラストレーターとして複数のCDカバーのジャケットを手がけるなど、ビジュアル面での表現にもこだわりを持つアーティストです。
DABOの嫁・プライベートについて
**「DABO 嫁」「DABO 嫁 インスタ」**への関心が見られますが、DABOのパートナーに関する情報は公開されていません。
プライベートについては多くを語らないスタンスを貫いており、音楽・イラスト・文章という創作物を通じて自己を表現するアーティストとして、私生活との線引きを大切にしているとみられます。
DABOの多才な表現活動
ラッパーとしての活動にとどまらないDABOの才能は、様々な方向に展開されてきました。
オフィシャルブログは文章力の高さが話題となり高いPV数を保持しており、文筆家としての才能をシーン内外に示しています。
また自伝的書籍**「札と月」**ではイラスト・短編小説・リリック解説・夢を漫画化した「イル夢」など多彩なコンテンツを1冊に収めており、「カオスな内容」として話題になりました。
さらに自主レーベル**「BABY MARIO PRODUCTION」**を主宰し、コンピレーションアルバムの制作・リリースも手がけるなど、プロデューサーとしての側面も持ちます。
**「Hip Hopという出自を基に日々活動の幅を広げる根っからの表現者」**という評価が、DABOというアーティストの本質を的確に示しています。
DABOの現在の活動状況
**「DABO 現在」**については、2020年以降もTuneCoreを通じた楽曲配信を続けており、イラストレーターや文筆家としての活動も継続しています。
NITROについては現在活動停止中となっていますが、2026年に公開されたNITRO MICROPHONE UNDERGROUNDのオーラルヒストリーが各メディアで取り上げられるなど、グループとしての存在感は時代を超えて語り継がれています。
最新情報は公式Instagram(@fudatzkee)での確認が確実です。
