4歳でDr.Dreと出会い、6歳で母を亡くし、20歳でシンガポールのラーメン屋の店長をやり、SEEDAに見出されてデビューした。

北海道札幌市出身のラッパー・SALU(サル)

本名は干野竜介(ひの りゅうすけ)で、メジャーデビューからLDH、そして2025年にBMSGとの契約発表まで、日本語ラップシーンで独自の軌跡を歩んできた実力派です。

「GOOD VIBES ONLY」「In My Life」「RGTO」など時代を代表する楽曲を生み出しながら、妻や娘との関係、自分自身の内側にある「ふて腐れた性根」と向き合い続けてきた人物でもあります。

今回はSALUについて徹底的に調査した内容をお伝えします。

SALUのプロフィール早見表

項目内容
アーティスト名SALU(サル)
読み方サル
本名干野竜介(ひの りゅうすけ)
生年月日1988年生まれ
年齢37歳(2026年7月時点)
出身地北海道札幌市
身長177cm
現在のレーベルBullmoose Records / BMSG
奥さん非公開(インタビューで言及あり)
子供娘1人
インスタ@salu_official
X@salu_info
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SALUの読み方・本名・名前の由来

SALU ラッパー 読み方」についてよく検索されているので、まず整理しておきます。

読み方は**「サル」**です。

**本名は干野竜介(ひの りゅうすけ)**です。

アーティスト名「SALU」の由来については、インタビューでSALU自身が語っており、自分の性根を「のび太くん」と例えるほど飾らない自己認識を持つ彼らしい名前の付け方がされています。

FNMNLのインタビューでは「僕の中には"干野竜介くん"って子と"SALU"っていう人がいる」と語っており、本名の「干野竜介」とアーティスト名の「SALU」は彼の中で別の存在として機能していることがわかります。

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SALUの年齢・身長・出身地について

SALUは1988年生まれで、2026年7月時点で37歳です。

身長は177cmで、スタイリッシュなルックスがファンの間でも話題になってきたアーティストです。

**「SALU 生まれ」**という検索が多く見られますが、北海道札幌市で生まれ、その後神奈川県を中心に育ちました。

現在の活動拠点は神奈川県厚木市で、「根無し草のように都市を渡り歩いてきた」というプロフィールが示す通り、札幌・神奈川の藤沢・厚木・シンガポールと多くの場所を経てきた人物です。

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SALUの生い立ち【壮絶な幼少期と音楽との出会い】

4歳でDr.Dreと出会った少年

SALUが音楽に出会ったのは4歳のことです。

父親の影響でDr.Dreの「Let Me Ride」を聴いたことがきっかけで、幼いながらもヒップホップのビートに反応したといいます。

小さいころから家でジャズ・ファンク・ソウルのレコードがかかっており、音楽が日常の一部として体に染み込んでいった環境が、後のリズムへの鋭いアプローチを生みました。

6歳で母を亡くす

SALUの生い立ちで最も語られる出来事が、6歳のときに母親を亡くしたという経験です。

最初は事故死だと教えられていましたが、16歳のときに自○だと知ったといいます。

この事実がSALUの内面に長く影を落とし、後の楽曲制作においても「ずっと蓋をしていたこと」として意識されてきました。

2019年のアルバム『GIFTED』では、この過去を含む自らの生い立ちを音楽として解放しており、長年のトラウマと向き合う場となっています。

14歳でラップを書き始め、20歳でシンガポールへ

SALUが日本語ラップを書き始めたのは14歳のときです。

18歳で神奈川の鵠沼に引越し、20歳のときには1年間シンガポールでラーメン屋の店長を務めるという異色の経歴を経て、帰国後に神奈川県厚木市を拠点に本格的なラップ活動をスタートさせました。

シンガポール時代については「プライベートな事情もあって根無し草のように都市を渡り歩いてきた」という言葉の背景にあるもので、その経験がSALUの観察力と情景豊かなリリックの礎になっているとも評されています。

高校時代の「fake id」とMC松島

SALU 松島」という検索が見られます。

SALUは高校時代に**「fake id」というグループで、同級生のMC松島らと活動**していたことが知られています。

この時代の仲間との関係がSALUの音楽活動の原点のひとつになっており、後のキャリアにも影響を与えています。

SALUのデビューまでの経緯【SEEDAとBACHLOGICとの出会い】

SALUのキャリアを語るうえで欠かせないのが、SEEDAとBACHLOGICとの出会いです。

OHLDの紹介によりSEEDAと出会い、音源を渡したことがきっかけでSEEDAと共演する機会を得ます。

そのレコーディングがBACHLOGICのスタジオで行われ、BACHLOGICがSALUの才能に惚れ込み、レーベル「ONE YEAR WAR MUSIC」を立ち上げることを決意しました。

2010年、まだ無名だったSALUがSEEDA所属のSCARSの楽曲「CASH & THE CASHER」で客演として参加したことが、シーンへの最初の一歩でした。

翌2011年にはONE YEAR WAR MUSICからソロデビューEPをリリース。

2013年2月にはトイズファクトリーへの移籍を発表し、メジャーシーンへと踏み出しました。

SALUと大学について

SALU 大学」という検索が見られます。

SALUの学歴については公開されていません。

18歳で神奈川の鵠沼に移り、20歳でシンガポールへ渡ったという経歴から、大学への進学よりも早い段階でキャリアを自分の力で切り開いていったことがわかります。

SALUのレーベル移籍の歴史【ONE YEAR WAR→トイズ→LDH→BMSG】

SALU LDH」「SALU BMSG」「SALU 移籍」「Salu ラッパー レーベル」「SALU 事務所」という検索が多く見られます。

SALUのレーベル遍歴はシーン内でも話題になることが多いテーマです。

  • ONE YEAR WAR MUSIC(BACHLOGICのレーベル、デビュー〜)
  • トイズファクトリー(2013年2月に移籍発表)
  • KOMA DOGG / LDH MUSIC(2018年7月10日に移籍発表)
  • Bullmoose Records / BMSG(2025年4月16日に契約発表)

2018年のLDH MUSICへの移籍はファンを驚かせました。

EXILEをはじめとするアーティストが所属するLDHのレーベルとの契約は、ヒップホップシーンとエンターテインメントシーンの境界線を越える動きとして注目されました。

2025年にはBE:FIRST・SKY-HIらが所属するBMSGの自社レーベル「Bullmoose Records」との契約が発表され、新たなフェーズへの突入が示されました。

SALUの奥さん・娘・家族について

SALU 奥さん」「SALU 嫁」「SALU 結婚」「SALU 娘」「SALU 子供」という検索が非常に多く見られます。

SALUには奥さんと娘が1人います。

奥さんについての詳細は非公開ですが、FNMNLのインタビューで「僕が自分にも人にも嘘をついてるって、本当のことを言ってくれたのは妻だけ」と語っており、SALUの音楽的な転換に決定的な影響を与えた存在です。

SALU 娘 何歳」という検索も見られますが、娘の年齢は公開されていません。

インタビューでは「妻と娘は行く海外、留学先に選んだのイタリーの南にある島に」というリリックが楽曲「LOVE DREAM HAPPINESS」に含まれており、家族がイタリアへ留学した時期があったことがわかります。

「一度離婚を」という情報も一部で見られますが、詳細については公開されておらず、現在の関係については確認できていません。

SALUの「のび太とドラえもん」——内省と覚悟

FNMNLのインタビューで語られた「僕の中には"干野竜介くん"って子と"SALU"っていう人がいる」という言葉は、SALUの音楽人生を理解するうえで最も重要なキーワードのひとつです。

「"干野竜介くん"は『やりたくないよ、ドラえもーん』『助けてよ、ドラえもん』と言ってた。すると、"SALU"が出てきて『しょうがないな、お前はそこで寝てろ』『俺が代わりにラップしてやるよ』って」という言葉が示すように、本名の自分とアーティストとしての自分の間で長年の葛藤が続いていました。

2020年頃、コロナ禍と家族との別居を経て、SALUは「"0"になったはずなのに、なんかまだ全然世界のこと嫌い」という感覚に直面し、自分自身の「ふて腐れた性根」と真正面から向き合うことを決意します。

毎日マイクの前に立ち、体を鍛え、自分の悪・嘘・怖い部分を「仕方がない」ではなく変わらなければならないものとして認識し始めた——その変化が楽曲「SAINT」「LOVE DREAM HAPPINESS」「TO-GET-HER」の三部作として結実しました。

SALUとAKLOの関係

SALU AKLO」という検索が多く見られます。

SALUとAKLOは「RGTO」というコラボ楽曲で共演しており、この楽曲は日本語ラップシーンの名曲として語り継がれています。

AKLOがSALUにビートとテーマを伝えたところ、SALUが数時間で歌詞を書き上げたというエピソードが有名で、そのスピード感とクオリティがシーンを驚かせました。

2026年にも新曲「Airplane Mode feat. AKLO」のリリースが発表されており、長年の関係が続いています。

SALUの音楽スタイルと世界観:浮遊感あるリリックとリズムへのアプローチ

SALUの最大の特徴は、「情景豊かなリリックと独特の呼吸とライミングによって生み出される浮遊感」と評されるスタイルです。

USのギャングスタラップ、特に2000年代初頭のTwinz・Warren G・Z-Roなどミッドウエストの影響を受けており、「韻を踏んでるように聴こえるけど実は踏んでなかったり、ちょうど全文字踏んでないのがたくさんある」というアプローチが独自のリズム感を生んでいます。

「ふにゃふにゃフロウでリリックの聞き取りやすさがやばい」というリスナーの声が示すように、難解さよりも「聴き手の心に素直に入ってくる」ことを重視するスタイルです。

「GOOD VIBES ONLY」という哲学とその複雑さ

「GOOD VIBES ONLY」はSALUの代表曲であり、その楽観的なメッセージがTikTokでバズりました。

しかしFNMNLのインタビューでSALU自身が「今までの僕だったら"ZERO"を出して"完全体になりました"と言って"GOOD VIBES ONLY"みたいな曲を出したんでしょうね。でもそれは完全体になったフリだから」と語っており、楽曲の明るさとSALU自身の内面の複雑さのギャップが、このアーティストの深さを際立たせています。

SALUとBMSG【2025年の新展開】

2025年4月16日、SALUはSKY-HI率いる**BMSG(Be:SMART Group)**の自社レーベル「Bullmoose Records」との契約を発表しました。

「BMSG FES」には初出演アーティストとして参加するなど、新体制での活動が本格化しています。

BE:FIRSTやBOY NEXT DOORなど多彩なアーティストが所属するBMSGとの契約は、SALUの音楽キャリアの新たなフェーズを示すものとして注目されています。

SALUの人気曲まとめ

SALUの人気曲を紹介します。

「RGTO feat. AKLO, KDUB SHINE」

AKLOがビートとテーマを伝え、SALUが数時間で歌詞を書き上げたという伝説のコラボ曲。学園風のPVと記憶に残る歌詞が話題となり、今でもフリースタイルバトルのビートとして使われるほど愛され続けている、SALUを代表する楽曲のひとつです。

「GOOD VIBES ONLY feat. JP THE WAVY, EXILE SHOKICHI」

TikTokで爆発的にバズり、毎年夏になると繰り返し話題になるSALUの代名詞的な楽曲。SALUの楽観的なマインドセットが体現された曲として若い世代にも広く知られています。

「In My Life」

メジャーデビューEPのラストを飾る楽曲で、POP YOURS 2022でもピアニストを迎えて披露されました。「未来のことはわからない」「二度目はないlife」という感情をリリックにした、SALUが今も大切にしている一曲です。

「First Dates」

若い女性からの支持が特に高い楽曲で、TikTokでも音源として有名になりました。ポップでキャッチーなアプローチながら、SALUらしい言葉の選び方が光ります。

「SAINT」

「からの俺も全部嘘/あの歌も全部嘘」と歌った2021年の衝撃のシングル。自分の嘘を認める記者会見のようなこの楽曲は、三部作の始まりとしてSALUの内省の深さを示した重要作品です。

「LOVE DREAM HAPPINESS」

毎日休みで毎日仕事、というSALUの人生観を歌った楽曲。「妻と娘は行く海外」という実体験に基づくリリックが含まれており、楽しそうな曲調の裏にある「寂しいお別れ」を知ることでより深く刺さる一曲です。

「TO-GET-HER」

別居期間に一発目に出てきた言葉から生まれた楽曲。「もう一度彼女を手に入れるためにできることは何か」という問いが「TO GET HER アゲイン」として結実した、SALUの覚悟が詰まった三部作の締めくくりです。

「Airplane Mode feat. AKLO」

2026年リリースのAKLOとの最新コラボ曲。「RGTO」から続く2人の縁が再び楽曲として結実した、往年のファンにとって特別な意味を持つ一曲です。

「GIFTED」

2019年にリリースされたSALUのキャリアの転換点となるアルバム。母の死をはじめとする過去のトラウマと真正面から向き合い、ラップとして解放した作品群で、SALUの音楽的深みを最も体感できる作品です。

「朝に得る feat. NENE」

鈴木真海子が「朝に得る」と対になる「夜に失くす」での共演でも知られる、ゆるふわギャングのNENEとのコラボ楽曲。SALUの柔らかいフロウとNENEの世界観が溶け合った名曲です。

SALUのプロフィールまとめ

項目内容
アーティスト名SALU(サル)
読み方サル
本名干野竜介(ひの りゅうすけ)
生年月日1988年生まれ
年齢37歳(2026年7月時点)
出身地北海道札幌市
身長177cm
母親6歳のときに他界
奥さん非公開
子供娘1人
現在のレーベルBullmoose Records / BMSG
代表曲RGTO、GOOD VIBES ONLY、In My Life、SAINT、First Dates
インスタ@salu_official

SALUの調査結果まとめ

  • 北海道札幌市出身、1988年生まれ。37歳(2026年7月時点)。本名は干野竜介、読み方はサル
  • 4歳でDr.Dreと出会い音楽に目覚める。6歳で母を亡くし(後に自殺と知る)、16歳でその事実を知る
  • 14歳でラップを書き始め、20歳でシンガポールへ渡り1年間ラーメン屋の店長を務める
  • SEEDAとBACHLOGICとの出会いでデビュー。ONE YEAR WAR MUSIC→トイズファクトリー→LDH→BMSGと移籍を重ねる
  • 奥さんと娘1人の家族を持ち、別居・家族のイタリア留学などの経験が楽曲「LOVE DREAM HAPPINESS」「TO-GET-HER」に結実
  • 「GOOD VIBES ONLY」がTikTokでバズり、毎年夏の定番曲に。AKLOとの「RGTO」は日本語ラップの名曲として語り継がれる
  • 2025年4月にBMSGとの契約を発表し、新たなフェーズへ突入

「嘘をついてたことをようやく認められるようになった」——6歳で母を亡くし、その真実を10年後に知り、ふて腐れた性根と格闘しながらも、マイクの前に立ち続けたSALU。

干野竜介とSALUの間にある葛藤は、今も楽曲の中で生き続けています。

下記記事に日本人ラッパーの情報をまとめてあるので、ぜひチェックしてみてくださいね〜。

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