3歳で「歌手になりたい」と言い、高校生でiTunesチャート1位を獲り、出産した翌年に武道館を打ち、そして子育てしながら東京ドームを目指す。
ちゃんみなという存在は、日本のヒップホップシーンを「ビフォア・アフター」で語るときに必ず名前が挙がる、本物のパイオニアです。
日本語・韓国語・英語を自在に操るトリリンガル、そして作詞・作曲・プロデュース・振付まで自分でこなすセルフプロデュース力で、シーンを塗り替え続けています。
今回は、ちゃんみなについて徹底的に調査した内容をお伝えします。
ちゃんみなの本名・読み方について
ちゃんみなの**本名は「乙茂内美奈(おともない みな)」**です。
「乙茂内(おともない)」という苗字は全国的にも非常に珍しく、岩手県岩手郡岩手町周辺に分布する希少な名字です。
地名の由来はアイヌ語とされており、「おともない川」という河川名が起源とも伝えられています。
父親が岩手県出身であることから、この珍しい苗字につながっています。
芸名「ちゃんみな」の由来は、本名の「美奈(みな)ちゃん」をひっくり返したもの。
シンプルですが、遊び心と本名へのこだわりが同居した命名センスです。
**「ちゃんみな 本名 結婚後」**についても検索されることが多いですが、結婚後も芸名は「ちゃんみな(CHANMINA)」を継続して使用しています。
ちゃんみなのプロフィール早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | ちゃんみな(CHANMINA) |
| 本名 | 乙茂内美奈(おともない みな) |
| 生年月日 | 1998年10月14日 |
| 年齢 | 27歳(2026年時点) |
| 出身 | 韓国生まれ、東京都練馬区光が丘育ち |
| 国籍 | 日本(日本人の父・韓国人の母) |
| 身長 | 非公開 |
| 所属レーベル | NO LABEL MUSIC / ソニー・ミュージックレーベルズ |
| 所属事務所 | レインボーエンタテインメント |
| 旦那 | ASH ISLAND(韓国人ラッパー) |
| 子供 | 第1子・女児(2024年11月誕生) |
ちゃんみなの年齢・誕生日・身長・体重
誕生日は1998年10月14日で、2025年10月に27歳を迎えました。
身長・体重については公式発表はありません。
ただしステージでの存在感と堂々としたパフォーマンスからスタイルが良いとファンの間で定評があり、各メディアからも美しいビジュアルが注目されています。
「ちゃんみな 身長 高い」という検索が多いことからもわかるように、ステージ上での迫力や体格の良さが印象に残るアーティストです。
実際に一緒にステージに立ったアーティストと比較すると、かなり高身長である可能性も高いですが、公式数値は非公開です。
ちゃんみなの国籍と両親・家族構成
国籍は日本——「韓国生まれの日本育ち」
「ちゃんみな 国籍」についても多く検索されています。
ちゃんみなは1998年に韓国で生まれましたが、国籍は日本です。
父親が日本人(岩手県出身)、母親が韓国人(元バレリーナ)という国際的な家庭で育ちました。
3歳まで韓国に住み、その後は韓国・日本・アメリカを行き来する幼少期を過ごしています。
このバックグラウンドが、日本語・韓国語・英語の3ヶ国語を操るトリリンガルとしての土台になっています。
父親・母親について
父親は岩手県にルーツを持つ日本人で、「海外を飛び回るビジネスマン」とされています。
裕福な家庭環境で育ったとの情報もあり、幼少期から英才教育を受けていたといわれています。
母親は韓国人で、バレリーナとして活動していた人物です。
3歳からバレエ、ピアノ、ヴァイオリンを習わせ、お腹の中にいる頃から「この子が歌上手くなりますように」と願っていたといいます。
現在も全面的にちゃんみなの活動を応援しているようです。
兄弟については公の場でほとんど語られておらず、一人っ子の可能性が高いとみられています。
ちゃんみなの生い立ち【波乱の幼少期から音楽との出会いまで】
「すごくお行儀のいい子」だった3歳
ちゃんみなは生まれた時から音楽に囲まれていました。
3歳の時点ですでに「歌手になりたい」と宣言し、バレエ・ピアノ・ヴァイオリンを習い始めたといいます。
当時はクラシック音楽だけを聴く「すごくお行儀のいい子」だったと本人が振り返っています。
BIGBANGの衝撃がすべてを変えた
転機は小学校2年生のとき。部屋でBIGBANG「Haru Haru」のミュージックビデオを見て、「映画1本見たくらいの気分になった」と語るほどの衝撃を受けます。
これをきっかけにピアノとバレエをやめ、ヒップホップダンスを始め、ウィル・アイ・アムやキース・エイプなどヒップホップへ傾倒していきます。
小学校でのいじめと言語の壁
幼少期に日本・韓国・アメリカを行き来していたため、日本の小学校に入学した頃は日本語が上手く話せませんでした。
そのことが原因でいじめに遭うことになったといいます。
その経験が、後に「自分らしくあることへの強いこだわり」というちゃんみなの核心につながっているとも言われています。
7歳から詩を書き始めた少女
小学生の頃から詩をノートに書き溜める習慣を持っていたといいます。
この習慣が後の作詞スキルの礎になったことは間違いないでしょう。
小学5年生のダンス発表会では、先生に無理を言って「いきものがかり」の「じょいふる」を歌わせてもらいましたが、「悔しさが残るステージになった」と振り返っており、早い段階から完璧主義な一面が表れていたようです。
高校時代、韓国行きをやめた理由
高校に入ったちゃんみなは、韓国でのデビューを本気で夢見ており、韓国語の曲も制作していたといいます。
しかし「韓国に行こうかと思ってるんだけど」と相談した同級生のラッパー仲間・めっしに「行かないで」と泣かれてしまい、韓国行きを断念。
その後、日本でどう活動するかを考えていたときに「BAZOOKA!!! 高校生RAP選手権」の存在を知ります。
ちゃんみなと高校生ラップ選手権【れいちとのバトル】
「ちゃんみな 高校生ラップ選手権」「ちゃんみな れいち どっちが勝った」という検索ワードが今なおコンスタントに流れています。
ちゃんみなが出場したのは2016年放送の**「BAZOOKA!!! 第9回高校生RAP選手権」**です。
本人いわく「フリースタイルはそれまで全く経験がなかった」にもかかわらず、流行っていたから、という理由で応募したといいます。
れいちとのフィメールバトルは、当時の高ラで最も話題になった対決のひとつです。
ちゃんみなが2回戦敗退だったため、バトル単体でいえば「れいちが勝った」ということになります。
しかしその後のキャリアの広がりを見れば、2人が日本のフィメールラップシーンに与えたインパクトは計り知れません。
「ちゃんみな れいち 仲良し」という検索も多いように、現在も2人の関係は良好で、ちゃんみながDJを務めたラジオ番組にれいちがゲスト出演するなど交流が続いています。
またちゃんみながプロデュースしたオーディション「No No Girls」では、れいちの楽曲「UCHIRA」が課題曲として使用されており、互いをリスペクトし合う関係が垣間見えます。
