「初めまして、新人KREVAです」——KICK THE CAN CREWという日本語ラップを代表するグループのメンバーとして知られながら、ソロデビューの際にそう名乗った男が、国民的HIPHOPアーティストになった。

青森県弘前市生まれ・東京都江戸川区育ちのラッパー・KREVA(クレバ)

本名は畠山貴志(はたけやま たかし)、1976年6月18日生まれ。

B-BOY PARK MCバトル3連覇、ヒップホップソロアーティスト初のオリコンアルバム週間1位、アジア人初のMTV Unplugged出演——日本語ラップの歴史を塗り替えてきたKREVAの軌跡を、今回は徹底的に調査してお伝えします。

KREVAのプロフィール早見表

項目内容
アーティスト名KREVA(クレバ)
本名畠山貴志(はたけやま たかし)
読み方クレバ
生年月日1976年6月18日
年齢50歳(2026年7月時点)
出身地青森県弘前市生まれ・東京都江戸川区育ち
身長178cm
血液型O型
学歴東京都立国際高等学校→慶應義塾大学環境情報学部(SFC)
所属くレーベル / SPEEDSTAR RECORDS
DJネーム908(クレバ)
家族妻、娘2人(長女・次女)
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KREVAの読み方・本名・名前の由来について

「KREVA」の読み方は「クレバ」です。

本名は畠山貴志(はたけやま たかし)で、アーティスト名「KREVA(クレバ)」の由来については、英語の「clever(賢い)」を日本語読みにしたものとも言われていますが、本人が詳細を公式に語ったインタビューは確認されていません。

DJネームは「908(クレバ)」で、9月8日を「クレバの日」として毎年特別なライブ・リリースイベントを開催するなど、この数字はKREVAの活動の象徴的な存在になっています。

KREVAの年齢・身長について

KREVAは1976年6月18日生まれで、2026年7月時点で50歳です。

身長は178cm。

50歳を迎えたソロデビュー20周年イヤーの2025年も、全19都市21公演のツアー「KREVA LIVE 2025 Project K Tour」を完走するなど、現在もトップアーティストとして精力的な活動を続けています。

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KREVAの生い立ち【青森生まれ・江戸川区育ち・ボビー・ブラウンとの出会い】

KREVAは青森県弘前市で生まれ、東京都江戸川区で育ちました。

中学2年生の頃、ボビー・ブラウンの映像を観て衝撃を受け、最初はダンスから音楽に入りました。

その後、友人がDJの機材を揃えたことをきっかけにラップを始め、DJのRock-Teeからフリースタイルを学んでいきます。

「フリースタイルで仕込んだネタやるって、ダサくね?」というRock-Teeの言葉が、即興でリリックを生み出すフリースタイルへのこだわりの原点になったといいます。

KREVAは「普段から言葉の引き出しを何個も作っておく。その引き出しは常に半開きにしておく」とフリースタイルへの向き合い方を語っており、この習慣がMCバトル3連覇という偉業の土台になっています。

KREVAの学歴【慶應SFCという異色の経歴】

KREVAは東京都立国際高等学校を卒業後、慶應義塾大学環境情報学部(SFC)に進学しました。

「大学には行っておきなさいと言われ、どうせなら偏差値の高いところを敢えて選んだ」という逸話からも、KREVAが単なる反骨心ではなく、戦略的に自分のキャリアを設計してきた人物であることが伝わります。

一青窈と大学の同級生だったというエピソードも知られており、SFCという環境の中でアーティストとしての感性を磨いていきました。

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KREVAのMCバトル3連覇という偉業

KREVAのラッパーとしての評価を語るうえで外せないのが、B-BOY PARK MCバトルでの前人未到の3連覇です。

B-BOY PARKは日本最大規模のHIPHOPイベントで、そのMCバトルで3年連続チャンピオンに輝いたのはKREVAのみです。

「フリースタイルのライバルとしてMCUを唯一挙げていた」という逸話が示すように、KREVAとMCUのバトルはFG NIGHTの名物コーナーになっていたほどです。

この3連覇という実績が、KICK THE CAN CREWのメンバーとしてだけでなく「日本一のフリースタイラー」という評価をKREVAに与えました。

KREVAとKICK THE CAN CREW【BY PHAR THE DOPESTからの軌跡】

1995年、大学在学中にKREVAは小学校時代からの同級生CUE(現・CUEZERO)とともに「BY PHAR THE DOPEST」を結成し、アンダーグラウンドでの活動を始めます。

1997年にはLITTLE・MCUとともに「KICK THE CAN CREW」を結成。「magic number」「acky breaky lucky」「タカオ」など数々のヒットを生み出し、日本語ラップをメインストリームへと引き上げました。

2004年6月のKICK THE CAN CREW活動休止後、KREVAはソロ活動に専念。「KICK THE CAN CREWのファンに向けてではなく、日本の残り1億何千万人に向けて」という言葉通り、「初めまして、新人KREVAです」という姿勢でソロデビューに臨みました。

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