「貧乏なんて気にしない」——たった一行のリリックが、日本語ラップの歴史を変えた。
東京都北区王子出身のラッパー・KOHH(コー)、現・千葉雄喜。
2歳で父を亡くし、祖父母に育てられ、都営住宅でやんちゃな少年時代を過ごした。
そのKOHHが2012年のデビューからわずか数年で、フランク・オーシャン、宇多田ヒカル、メーガン・ザ・スタリオンと名を連ねるまでになった。
2021年にKOHH名義での活動を引退し、2024年に本名・千葉雄喜として復帰。
「チーム友達」は瞬く間にバイラルヒットとなり、米ビルボードHot 100にランクインする楽曲まで生み出した。
今回は、そんなKOHHこと千葉雄喜について徹底的に調査した内容をお伝えします。
この記事の目次
KOHHの読み方・名前の由来
「KOHH ラッパー 読み方」についてよく検索されているので、まず整理しておきます。
KOHHの読み方は**「コー」**です。英語表記では「KOHH」と書きますが、日本語での発音は「コー」となります。
名前の由来は、亡くなった父親の名前にあります。
父親の名前は「黄 達雄(こう たつお)」という韓国籍の人物で、「黄(コウ)」という苗字から「KOHH」というアーティスト名を取ったとのことです。
リリックの中でも「ねぇ 黄達雄 聞いてるか俺の音楽を 日本人だけど韓国のお父さんの名前俺も使うよ 『KOHH』」と歌っており、会ったことのない父への思いをアーティスト名に込めていたことがわかります。
2024年に活動名義を**本名の「千葉雄喜(ちば ゆうき)」**に変更しました。
KOHHという名前は「偶像としてのラップスター」の象徴であり、それを脱ぎ捨てて「交換不可能な固有の存在」として生きることを選んだとも語られています。
KOHHのプロフィール早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現在の名義 | 千葉雄喜(ちば ゆうき) |
| 旧名義 | KOHH(コー) |
| 生年月日 | 1990年4月22日 |
| 年齢 | 36歳(2026年7月時点) |
| 出身地 | 東京都北区王子 |
| 身長 | 176cm |
| 国籍 | 日本(父:韓国人、母:日本人) |
| 所属事務所 | GUNSMITH PRODUCTION |
| 嫁・結婚 | 非公開(モデルの宮本彩菜との噂あり) |
| 子供 | 非公開 |
| インスタ | @yukichiba |
KOHHの年齢・身長について
KOHHこと千葉雄喜は1990年4月22日生まれで、2026年7月時点で36歳です。
身長は176cm。細身のシルエットとタトゥーが全身に刻まれたビジュアルで、ファッションアイコンとしても名を馳せており、各種ファッションショーやルックにも参加しています。
地元・王子では衣類制作販売店「Dogs」をディレクションし、アパレルへの情熱も変わらず持ち続けています。
KOHHの生い立ち【幼少期・母親・父親】
2歳で父を亡くし、祖母に育てられた
KOHHこと千葉雄喜が生まれたのは1990年、東京都北区王子の都営住宅でした。
父は韓国籍の黄 達雄(こう たつお)さん、母は日本人という家庭でしたが、千葉が2歳を迎える3カ月前に父は他界しています。
「KOHH」というアーティスト名は、この会ったことのない父の名字「黄(コウ)」から取られたものです。
一度も声を聞いたことのない父への複雑な思いが、名前そのものに込められていました。
父の死がきっかけで、母親は精神的なショックから薬物依存に陥り、精神疾患を患うようになりました。
小学生の頃には都営住宅のベランダから自◯を試みるなど、非常に壮絶な状況が続いたといいます。
そんな環境の中でKOHHを育ててくれたのが、祖父母——特に祖母(「大ママ」と呼んでいた)でした。
「大ママはおばあちゃんだけど俺にとってはお母さんです」とKOHHが後年つづった手紙が公開されており、祖母への深い愛情が伝わります。
「俺が4歳か5歳ぐらいの時、家のベランダで俺をおんぶしながら子守唄を歌ってくれたのを今でもはっきり覚えてます」という言葉は、多くのファンの心に刺さりました。
やんちゃな少年時代と「王子」での日々
困窮した団地暮らしの中で育ったKOHHは、小学生・中学生の頃には警察や学校に呼び出されるほど「やんちゃ」な子供だったといいます。
「友達は小遣い貰ってる 俺は万引きで暮らす」というリリックは、フィクションではなく当時の現実でした。
「あんな親の子供ならこんな子でもしょうがない」——そんな言葉をかけられた経験も、後のリリックに色濃く刻まれています。
しかしそのような環境の中でも、地元・王子への愛着は人一倍強く、デビュー後も拠点を変えずに活動を続けています。
KOHHのラップを始めたきっかけとデビューまで
18歳で音楽制作スタート、SNSでプロデューサーと出会う
KOHHが本格的に音楽制作を始めたのは18歳の頃です。
音楽プロデューサーの青木理貴(通称:理貴)と共通の友人を通じてコンタクトを取り、一緒にレコーディングを開始したのがきっかけでした。
インターネット上で無料ミックステープとして公開したところ、SNSのMixiでその音源に反応したのが現在の所属事務所代表・318(高橋良)でした。
「最初はとりあえずぐらいの感覚」で接触した318ですが、毎回スタジオ代を自分で持参して練習を続けるKOHHの熱意に動かされ、レコーディングをサポートするようになります。
YELLOW TAPEで無名のままデビュー
2012年11月、KOHHはGUNSMITH PRODUCTIONと契約し、処女作となるミックステープ**『YELLOW T△PE(イエローテープ)』**を無名の状態でリリースします。
このテープの収録曲「FAMILY」では、父の死・母の薬物依存・祖母に育てられた自分の生い立ちをそのままラップにしてカミングアウト。
その衝撃的な内容が話題となり、アンダーグラウンドシーンで急速に広まっていきました。
KOHHの凄さ、なぜ世界に届いたのか?「JUNJI TAKADA」が示した天才的なセンス
2013年5月、KOHHはタレントの高田純次からインスパイアされた楽曲「JUNJI TAKADA」を配信リリースします。
わずか30分で作り上げたというこの曲は、誰も思いつかないタイトル、脱力系のリリック、KOHHならではのフロウが合わさって高い評価を獲得。
シーン内外で一気に注目を集めることになります。
高田純次本人のラジオ番組でも紹介され、「ゆるさの中に毒がある」というKOHHスタイルの真骨頂を示した楽曲となりました。
トラップに日本語を乗せた革新性
KOHHの「凄さ」の核心は、アメリカ発のトラップビートにいち早く日本語を乗せ、それを世界に通用する音楽にまで昇華させた点にあります。
従来の日本語ラップは「いかに韻を踏むか」「いかにメッセージを語るか」という軸が強かったのですが、KOHHはトラップのリズムの上で「いかにかっこよく乗るか」を最優先にしました。
その結果、歌詞の意味がわからなくても「ラップのフロウとしてかっこいい」という新次元の日本語ラップが生まれたのです。
シンプルな韻(最後の一文字だけを踏むスタイル)、聴き取りやすい言葉の選択、刹那的で直感的なリリック——これらがトラップのビートと合わさった時、言語の壁を軽やかに飛び越えていきました。
「It G Ma」で世界へ
2015年1月、韓国人ラッパーKeith Apeの「It G Ma (feat. JayAllday, Loota, Okasian, KOHH)」に客演。英語・韓国語・日本語が混在する中でトリとして登場したKOHHの「ありがとう」という一言が、世界中のリスナーに強烈なインパクトを与えました。
公開から1カ月で100万回再生を達成し、2023年時点では約8,556万回再生という驚異的な数字を記録しています。
フランク・オーシャン、宇多田ヒカルとのコラボ
2016年はKOHHにとって決定的な年になりました。
8月にリリースされた**フランク・オーシャンのアルバム『Blonde』収録曲「Nikes」**のCDバージョンにKOHHのラップパートが収録。
乾いたドラムとアコースティックギターのループの上に日本語ラップを乗せるというセンセーショナルな登場は、世界中の音楽ファンを驚かせました。
9月には**宇多田ヒカルのアルバム収録曲「忘却」**にも参加。
宇多田がKOHHの曲「ビッチのカバンは重い」に応答するように「カバンは嫌い 邪魔なだけ」と歌い、逆にKOHHは「地獄まで財布は持っていけない」と返す——2人の歌詞が互いにインスパイアし合うという、単なる共演を超えた芸術的な対話が話題を呼びました。
「KOHH 宇多田ヒカル 関係」という検索が多いのも、この「忘却」での共演がきっかけです。
その後もYouTubeやオンライン番組での対談を通じて良好な関係が続いており、宇多田がKOHHのリリックのセンスを「面白い」と称賛する発言も複数のメディアで確認されています。
またフランス大使館で行われたフランス外務・国際開発大臣主催の交流会に、フランスでの芸術活動が評価されて招待を受けるなど、音楽の枠を超えた国際的な活動も展開していました。
KOHHの引退と千葉雄喜への転身:2020年1月、引退宣言の真相
「KOHH 引退」は今なお多く検索されるキーワードです。
2020年1月16日、LINE CUBE SHIBUYAで開催した「KOHH Live in Concert」にて、KOHHは次作アルバムをもってKOHH名義での活動を終了することを宣言しました。
この告知はファンとシーン全体に衝撃を与えましたが、引退の動機について本人は多くを語りませんでした。
後に「引退という決断が、318との何気ない会話から生まれたある種の思いつきだった」ともいわれており、それはKOHHらしい刹那的な判断だったとも評されています。
2020年4月29日には引退作となる**6thアルバム『worst』**をリリース。
その後2021年12月28日にザ・クロマニヨンズとの2マンライブ「BADASSVIBES」を開催し、これをもってKOHHとしての活動を完全に停止しました。
ただし引退表明直後の2020年3月、宇多田ヒカルのネット番組に出演したKOHHは「曲自体はいまだに作っている」「アルバムは出したくなったら出す」「音楽活動はやめなさそう」と明言しており、「音楽をやめた」のではなく「KOHHという名前・偶像をやめた」ということがわかります。
2022年、突然の未発表音源リリース
2022年9月25日、KOHHは『The Lost Tapes』を突如リリース。
未発表曲や代表曲「ロープ」のデモ音源など全12曲が収録されており、活動停止後も曲を作り続けていたことが証明されました。
2024年、千葉雄喜として大復活
2024年2月13日、千葉雄喜は本名名義で「チーム友達」を配信リリースし、音楽シーンへの復帰を果たしました。
地元・王子の仲間たちへの愛情をそのまま歌にした「チーム友達」は、瞬く間にバイラルヒットを記録。
TikTokや各SNSで爆発的に拡散し、「KOHH時代のレジェンドが帰ってきた」とシーンが沸き上がりました。
さらに2024年7月30日には、米ラッパー**メーガン・ザ・スタリオンのアルバム収録曲「Mamushi」**が世界リリース。
8月3日付の米ビルボードHot 100で最高位36位を記録し、改めて世界レベルでの存在感を示しました。
2025年3月には千葉雄喜名義での2ndアルバム**『億万長者』**をリリース。
活動の規模と多様性は、KOHH時代を上回る勢いで広がっています。
KOHHの嫁・結婚・子供について
「KOHH 嫁」「千葉雄喜 結婚」という検索も多く見られます。
KOHHこと千葉雄喜は結婚しているかどうかを公式には発表していません。
ただし、モデルの宮本彩菜(旧姓)との結婚という噂がインターネット上で流れており、子供もいるのではないかとも言われています。
詳細は現在も非公開です。
KOHHの飛行機について
「KOHH 飛行機」という検索が見られますが、これはKOHHが飛行機に乗ることを極端に嫌っていることで知られているためです。
インタビューや発言の中で「飛行機が怖い・苦手」という話が出ており、海外での活動が多いにもかかわらず、飛行機を使わない移動を好んでいたとも伝えられています。
このエピソードが独特なキャラクターの一端として話題になったものです。
KOHHの音楽スタイルと世界観:シンプルなラップに込められた「刹那」
KOHHのリリックは「刹那的」と評されることが多いです。
頭に浮かんだことをそのまま言葉にする、いわば「モーニングページ的」なスタイルで、従来のラップのように物語を構成したり複雑な韻を踏んだりすることをしません。
「どうして、この曲はこうなっているのかってことは聞かれたくない」と本人がインタビューで語るように、解説や説明を必要としない直感的な表現こそがKOHHのスタイルです。
「人生って何なの?という問いと、アートって何なの?という問いは同じことだ」というKOHHの哲学が、シンプルに見えるラップの裏側に貫かれています。
タバコ・タトゥー・ファッション
「KOHH タバコ」という検索が多いことからもわかるように、KOHHのビジュアルイメージとしてタバコとタトゥーは切り離せない存在感を持っています。
全身に刻まれたタトゥーはKOHHの代名詞のひとつで、祖母は「嫌いだ」と言っているにもかかわらず増やし続けたというエピソードを本人がつづっていました。
毎月一定額の洋服購入に充てるほどファッションへの情熱も強く、地元・王子の「Dogs」では自身がディレクションした衣類を今も制作・販売しています。
ロック・アートへの越境
2015〜2016年頃からKOHHはTHE BLUE HEARTS、Nirvana、カート・コバーン、シド・ヴィシャスなどロックへの傾倒を公言するようになりました。
「Die Young」ではヘヴィーでメタリックなトラックに体から絞り出すようなシャウトを重ね、ヒップホップの外へと果敢に飛び出しています。
美術館に足を運んで以来、自らキャンバスに絵を描くようにもなり、ギャラリーでの展示も行いました。
「歌いたくなったら歌う、描きたくなったら描く。
自分にとってはどちらも遊びという意味では同じです」という言葉が、KOHHというアーティストの本質を端的に表しています。
KOHHの現在の活動【千葉雄喜として】
2026年7月現在、千葉雄喜は音楽活動だけでなく多方面での活躍を続けています。
月刊文芸誌「文學界」でエッセイ「千葉雄喜の雑談」を連載するなど、文筆活動にも進出。
タイ国政府観光庁のテーマソング起用、VALORANTとのコラボ楽曲、渡辺直美とのコラボ曲「なにこれ?」など、これまでの枠組みをはるかに超えたスケールで活動しています。
「チーム友達」のリミックス展開や、BABYWOODROSEとのコラボアルバムなど楽曲リリースも継続しており、
復帰後の千葉雄喜の活動は「想像の斜め上をいくスケール」と多くのメディアが評しています。
KOHHの人気曲まとめ
KOHH(千葉雄喜)の人気曲を紹介します。
「貧乏なんて気にしない」
2014年のアルバム『MONOCHROME』収録曲で、KOHHの代名詞といえる一曲。「だから貧乏なんて気にしない 何もないところからここまで来たのも自分次第」というパンチラインは日本語ラップ史に残る名言として語り継がれています。宇多田ヒカルがこの曲のリリックに反応したことでも知られる伝説の楽曲です。
「JUNJI TAKADA」
2013年リリース。タレント・高田純次から着想を得てわずか30分で作ったというエピソードでも有名で、KOHHのブレイクのきっかけとなった出世作です。ゆるさの中に毒気が漂う独特のフロウがシーンに衝撃を与えました。
「忘却 宇多田ヒカル feat. KOHH」
2016年の宇多田ヒカルとのコラボ曲で、YouTube再生回数も非常に高い楽曲です。2人の歌詞がお互いにインスパイアし合うという稀有な化学反応が生まれており、J-POPとヒップホップの垣根を超えて幅広い層に届いています。
「Living Legend」
2015年リリースのKOHHを代表する楽曲のひとつ。タイトルそのものが後にKOHHの地位を指す言葉として使われるようになり、シーン内での影響力を象徴する一曲です。
「Die Young」
ヘヴィでメタリックなロックサウンドにKOHHの絶叫が乗る衝撃作。ヒップホップとロックの境界線を消し去ったこの曲は、BOILERROOMのライブでもモッシュのような反応を引き起こしました。
「ロープ」
KOHHの最もエモーショナルな側面が表れた楽曲として、ファンの間で長く愛されています。『The Lost Tapes』にはデモ音源も収録されており、制作過程への関心も高い一曲です。
「結局地元 / Paris」
地元・王子への愛着をそのままラップにした「結局地元」と、パリでの活動を記録した「Paris」を繋げたMV。国際的な活動を続けながらも、生まれ育った場所に帰ってくるKOHHの二面性が見事に表れています。
「チーム友達」(千葉雄喜名義)
2024年に千葉雄喜名義でリリースした復帰曲。地元の仲間への愛情をシンプルに歌い上げたこの曲がバイラルヒットを記録し、「KOHH=千葉雄喜の本質は変わっていない」ということを証明しました。
「Mamushi(メーガン・ザ・スタリオン feat. 千葉雄喜)」
2024年リリース。米ビルボードHot 100で最高位36位を記録した、千葉雄喜の国際的な存在感を改めて世界に示した一曲。メーガンとのスタイルの対比も話題になりました。
「IIKO」
KOHHの初期を代表する楽曲のひとつで、ストリーミング再生数も安定した人気を誇ります。KOHHの日常的な視点と独特のフロウが凝縮されており、「KOHHを初めて聴く」という方にも入りやすい楽曲です。
KOHHのプロフィールまとめ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 現名義 | 千葉雄喜(ちば ゆうき) |
| 旧名義 | KOHH(コー) |
| 生年月日 | 1990年4月22日 |
| 年齢 | 36歳(2026年7月時点) |
| 出身地 | 東京都北区王子 |
| 身長 | 176cm |
| 嫁・子供 | 非公開 |
| KOHH名義の活動期間 | 2008〜2021年 |
| 千葉雄喜として復帰 | 2024年2月 |
| 代表曲 | 貧乏なんて気にしない、JUNJI TAKADA、忘却、チーム友達、Mamushi |
| インスタ | @yukichiba |
KOHHの調査結果まとめ
- 本名は千葉雄喜(ちば ゆうき)、読み方はKOHHで「コー」。名前の由来は2歳で亡くなった韓国人の父・黄 達雄(こう たつお)の苗字から
- 東京都北区王子出身、1990年生まれ。36歳(2026年7月時点)。身長176cm
- 父の死後、薬物依存・精神疾患を抱えた母に代わり祖父母に育てられた壮絶な幼少期を持つ
- 18歳で音楽制作を始め、2012年に『YELLOW T△PE』でデビュー。「JUNJI TAKADA」でブレイク
- フランク・オーシャン、宇多田ヒカル、メーガン・ザ・スタリオンとのコラボで国際的な評価を確立
- 2020年に引退宣言・2021年に活動停止するも、2024年2月に本名・千葉雄喜として復帰
- 「チーム友達」「Mamushi」が大ヒット。文学連載、食品プロデュース、映像制作など活動の幅は無限大
- 嫁・子供については非公開。モデルとの結婚噂があるが本人から発表なし
「何もないところからここまで来たのも自分次第」——あの王子の団地から始まった物語は、2026年の今もまだ続いています。
