4歳でラジオから流れてきた三木道三に「なんやこれ」と思い、小学5年でリリックを書き始め、中学1年で親の鬼電を全無視してクラブのマイクを握った。

大阪府岸和田市出身のレゲエDeejay・775(ナナコ)

2020年に発表した「よってらっしゃい」のMVが公開1カ月で100万回再生を突破し、2026年7月時点で1,600万回再生超えを記録。

「ジャパレゲ新世代」と称されながら「興味がないわブームなんかは」と歌い続けるその姿勢が、多くのリスナーの心をつかんでいます。

今回は、そんな775について徹底的に調査した内容をお届けします。

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775の読み方・名前の由来

「775」の読み方は**「ナナコ」**です。数字の「7・7・5」をそのまま「な・な・こ」と読みます。

普段から自分のことを「私」「あたし」とは言わず、「775(ナナコ)」と呼んでいるといいます。

この名前への強いこだわりは、1stフルアルバムのタイトル「あたい」の命名エピソードにも表れています。

「自分のことを"私"とか"あたし"とかあんまり言いたくない」という感覚から、おばあちゃん世代が使う古い言い方「あたい」に「かっこいい」と感じた——これが775というアーティストのセルフイメージをよく表しています。

また収録曲「七七五」では漢字表記も登場しており、読みと表記のバリエーションが絶妙に本人のキャラクターに溶け込んでいます。

素顔については、マスクなどで隠すことなく顔出しで活動しています。

775のプロフィール早見表

項目内容
アーティスト名775(ナナコ)
読み方ナナコ
本名非公開
生年月日1997年7月8日(という情報あり)
年齢29歳?(2026年7月時点)
出身地大阪府岸和田市
身長非公開
ジャンルレゲエDJ(Deejay)
所属Azito Music Innovation
インスタ@775powchas
X(旧Twitter)@775powchas
YouTubeyoutube.com/channel/UCDZTR94z_B24o6zmyS-UnBw
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775の本名・年齢について

本名は非公開です。

「775(ナナコ)」は本名由来のアーティスト名であるかどうかも明言されておらず、現時点では確認できていません。

年齢については、ネット上に「生年月日は1997年7月8日」という情報があるため、そうなると29歳(2026年7月時点)となります。

曲「七七五」に「中1」でクラブに行っていたというリリックがあり、「よってらっしゃい」に「4歳児の頃からいい女」という歌詞があることから、小学校低学年ないし幼少期から音楽に親しんでいたことがわかります。

2020年に「よってらっしゃい」でブレイクした時点では、20代前半だった可能性が高いとみられます。

775の出身・実家・岸和田のどこ?

775は大阪府岸和田市出身です。

インタビューでは「岸和田でも田舎の方に住んでた」「山のほうに住んでた」と語っており、岸和田市の山間部・郊外エリアで育ったことがわかります。

「岸和田のどこ出身か」という検索が多く見られますが、具体的な地区名は公開されていません。

幼少期に通っていたクラブとして名前が出てくるのが「岸和田のGLOBE」という場所で、「もう5年前ぐらいになくなった」と語っています(2022年インタビュー時点)。

中学1年生の頃から親に鬼電をかけられながらも通い続けていたこの場所が、775のDeejayとしての原点になっています。

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775の生い立ちと音楽を始めたきっかけ:4歳でラジオから流れてきた三木道三

「よってらっしゃい」の歌詞にある「ラジオで聞いた三木道三 4歳児の頃からいい女」は、775の実体験をそのまま歌にしたものです。

親の車に乗っていたときにラジオからたまたま流れてきたのが、レゲエとの最初の出会いでした。

「親は別に775の前でレゲエを聴くこともなくて。遊ぶ友達たちもレゲエを聴いていたから、ほんと自然に溶け込んでいってたみたいな感じ」と語っており、意識的に選んだというより生活の中に自然に入ってきたのがレゲエでした。

「なんやこれ」という最初の感覚から「裏打ちのリズムがめっちゃ好き」へと変わり、J-POP・ヒップホップ・ソウルなどジャンルを問わず音楽を楽しみながら、一番しっくりくるのはレゲエという確信を積み上げていきました。

小5でリリックを書き、中1でクラブへ

775がリリックを書き始めたのは小学5〜6年生のころです。

「そのときは小節とかよくわからなかったから、ぐちゃぐちゃな歌詞でしたけど、とりあえず歌っといたらいいわみたいな感じ」と笑いながら振り返っており、完成度より「やりたい」という気持ちが先行していた様子が伝わります。

アルバム『あたい』の「skit」には、人生で初めて書いたサビを自ら歌う音源が収録されています。

当時は自分に「山ガールDeejay」という名前をつけており、山の近くに住んでいたことが由来だといいます。

「a.k.a.音痴レゲエ歌手」とも名乗っていたというエピソードも、775の自由なキャラクターをよく表しています。

中学1年生になると、地元の岸和田GLOBEに一人で夜な夜な通うようになります。

「七七五」の歌詞「親から鬼電ため息でるし 心配なのはわかってた中1」はまさにその頃の実話です。

「怖いとかビビってたら何もできへんから、何も考えてなかった」と語っており、男ばかりのシーンに一人で飛び込んでいったのはただ「おもしろいから」という理由でした。

出身高校について

「775 出身高校」「775 出身中学」という検索も見られますが、高校名・中学校名ともに公開されていません。

高校時代は「遊びたすぎた」時期でもあったといい、周りにクラブへ行く友達がおらず、一人でクラブに行っては「お酒も飲めないし、お金もなかったから、何も飲まんとラバダブだけしてすぐ帰る」という日々を送っていたと語っています。

775の「よってらっしゃい」大バズの経緯

2020年に発表した「よってらっしゃい」のMVは、公開からわずか1カ月で100万回再生を突破。

2026年7月時点では1,600万回再生を超えています。

バズった当初、775は「1カ月で100万行くのすごいね」と関係者に言われても「そうなん?」という感覚だったといいます。

「レゲエじゃなくても、他のアーティストが何百万とかフツーにいってるのを見るし。まあそうなのかなと思ってたけど」と語っており、その後に他のアーティストの数字と比較することで初めて「すごいことなんや」と実感したといいます。

ちょうどコロナ禍でライブができない時期と重なっており、「SNSだけでみんなが盛り上がって、775はそれをただ見るだけ」という不思議な体験でもあったようです。

775の音楽スタイル「興味がないわブームなんかは」

「ジャパレゲ新世代」と称されながら、その称号さえ気にしないのが775のスタイルです。

アルバム『あたい』の収録曲のラインに「興味がないわブームなんかは」とあるように、流行に流されないスタンスを自らリリックに込めています。

レゲエ特有のジャーゴン(専門用語・スラング)に頼らないアプローチも特徴的で、「しゃべりの延長のような無理のないフロウがまっすぐに言葉を届けてくる」とメディアに評されています。

日常の会話から歌詞を生む方法

775の歌詞の作り方は独特です。

「こうやってしゃべっているときに何となく出てきたものを歌詞に引っ張ってきたりとか、友達がふざけて変なイントネーションで歌っていて、それおもろいなと思ったものをイジって、ボイスメモとかに録って貯めて行ったりとか」と語っており、日常の会話の断片がそのままリリックの素材になっています。

手遊び歌などのポップな要素を取り入れても「殊更に奇を衒ったようには見えない」という評価は、このナチュラルな制作スタンスから来ているのでしょう。

変な自信と葛藤

「よってらっしゃい」がバズる前も、775には「変な自信」があったといいます。

「『HIGHEST MOUNTAIN』って、自分で行ったことなくて。自分が出るまで絶対に行かないでおこうと思ってた。でも、ヒット曲を出してないときも、『今回、775呼ばれる予定やったんやけどな』って、毎年アホみたいに思っていて」という言葉が印象的です。

一方で楽曲「Keep on trying」には「いつやろう、自分の番は」という葛藤も正直に書かれており、その両方があったからこそのリアリティがリリックに宿っています。

775の結婚について

「775 レゲエ 結婚」という検索が見られますが、現時点で結婚に関する公式な発表は確認できていません。プライベートな情報は非公開のままです。

775のレゲエ過ぎるTVについて

「775 レゲエ 過ぎる TV」という検索も見られます。

これは775が出演したバラエティ・情報系の動画コンテンツや番組を指しているとみられます。

レゲエという文化をエンタメとして紹介する文脈で775が取り上げられており、レゲエに馴染みのない視聴者にも親しみやすい切り口で775の存在が広まったことがうかがえます。

775の車について

「775 レゲエ 車」という検索も見られます。

インタビューや楽曲の中に「車」というモチーフが頻繁に登場することが、このワードの検索につながっているようです。

「親の車に乗ってるときにラジオからレゲエが流れてきた」という原点のエピソードをはじめ、「七七五」の歌詞など、車は775の音楽人生のさまざまな局面と結びついたモチーフです。

特定の車種や愛車についての公開情報は現時点では確認できていません。

775の人気曲まとめ

775の人気曲を紹介します。

「よってらっしゃい」

775の名前を全国区に押し上げた最大のヒット曲。

「ラジオで聞いた三木道三 4歳児の頃からいい女」という書き出しが印象的で、岸和田の田舎から出てきた女のDeejayが自分を語り切る一曲。

アルバムにはバンドセッションバージョンも収録されています。

「KSWD」

地元・岸和田(KISHIWADA)への愛と誇りを込めた楽曲。

775のルーツが凝縮されており、地元ファンからの支持が特に厚い一曲です。

「Microphone Center」

アルバム『あたい』のリード曲。

「素直になれる音楽が教師」というラインに775の音楽観が詰まっており、シンプルなフロウで言葉をまっすぐ届けるスタイルが体現された楽曲です。

「七七五」

中学1年から親の鬼電を無視してクラブに通い続けた自分の実体験をそのままリリックにした一曲。

「深夜0時にウチを抜け出し」「親から鬼電ため息でるし」という歌詞は、775の生い立ちをドキュメントした楽曲として語られています。

「Hands Up feat. 三木道三」

子供の頃ラジオで初めて聴いてレゲエに魅了されたその三木道三と共演した、775にとって感慨深い一曲。

現場で培ったキャリアがあるからこそ成立するコラボとして高く評価されています。

「Life is RAGGA」

「人生はレゲエだ」という宣言をそのまま楽曲にしたタイトル曲。

ライブでの定番としても知られており、775の音楽哲学が最も直接的に表れている楽曲です。

「チャンプロード」

岸和田と不良カルチャーへのリスペクトが込められた楽曲。

同名の伝説的なヤンキー雑誌をモチーフにしており、地元・岸和田のストリートカルチャーを体現した一曲です。

「母さん」

アコースティックなサウンドで母への感謝と葛藤を歌った楽曲。

「その感情の高まりが共感を呼ぶ」とメディアに評されており、775の繊細な内面が表れた人気曲です。

「イニミニマニモ」

手遊び歌のような要素を取り込みながらも、「奇を衒っていない」という評価を得ている楽曲。

775のリリックの自然体な発想が凝縮されています。

「Keep on trying」

「自分を変えれる何かが欲しくてひたすら書いた歌」という一節があり、ブレイク前の葛藤と諦めない姿勢を歌った楽曲。

よってらっしゃい以前の775を知るうえで欠かせない一曲です。

775の現在の活動状況【2025〜2026年】

2025年5月には大阪・道頓堀の老舗ナイトクラブ「GIRAFFE Japan」にHISATOMIとともにオープニングゲストとして出演するなど、ライブ活動を継続しています。

「地元・大阪愛、レゲエ愛に溢れた楽曲が若い世代から人気を集める」と紹介されているように、岸和田・大阪を拠点にしつつ全国各地のレゲエフェスやライブイベントに出演し続けています。

「HIGHEST MOUNTAIN」など関西の大規模レゲエフェスへの出演実績もあり、ライブ情報は公式X(@775powchas)やInstagram(@775powchas)で随時更新されています。

グッズについては公式ショップ「775powchas.base.shop」で展開されており、アパレルを中心にファン向けアイテムが販売されています。

775のプロフィールまとめ

項目内容
アーティスト名775(ナナコ)
読み方ナナコ
本名非公開
生年月日1997年7月8日(という情報あり)
年齢29歳?(2026年7月時点)
出身地大阪府岸和田市(山間部エリア)
ジャンルレゲエDeejay(ジャパレゲ)
所属Azito Music Innovation
結婚非公開
インスタ@775powchas
X@775powchas
YouTube775コマゲンレコーズ
グッズ775powchas.base.shop
代表曲よってらっしゃい、KSWD、七七五、Life is RAGGA、Hands Up feat.三木道三

775の調査結果まとめ

  • 大阪府岸和田市(山間部)出身のレゲエDeejay。読み方は「ナナコ」
  • 4歳のとき親の車のラジオから流れてきた三木道三でレゲエに出会う。小5でリリック制作を開始
  • 中学1年から親の鬼電を無視して地元のクラブGLOBEに一人で通い始め、男だらけのシーンに飛び込む
  • 2020年リリースの「よってらっしゃい」が公開1カ月で100万回再生を突破。ジャパレゲ新世代として一躍注目を集める
  • 「興味がないわブームなんかは」をリリックに込める流行に左右されないスタンスが持ち味
  • 2022年に1stフルアルバム『あたい』をリリース。三木道三との共演「Hands Up」も話題に

「変な自信があった」と笑いながら語る775の言葉通り、岸和田の山の中から一人でクラブに飛び込み、鬼電を無視し続けた少女は、今やジャパレゲシーンをけん引するDeejayになりました。

「いつやろう、自分の番は」と書き続けたリリックが世界に届くまで、775はひたすらボイスメモに歌を貯め続けていたのです。

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