「045、レペゼン横浜」——この一言を日本語ラップに刻んだ男が、神奈川県横浜市にいます。

横浜市磯子区出身のラッパー・MACCHO(マッチョ)

DS455の流派であるウェストコーストサウンドを日本に定着させた功績を持ち、OZROSAURUSのリーダーとして「ROLLIN'045」「Rhyme & Blues」「BJブルース」など時代を超えるクラシックを生み出してきました。

交通事故で生死をさまよい、肺の疾患を乗り越えながら現在もマイクを握り続けるMACCHOの軌跡を、今回は徹底的に調査してお伝えします。

MACCHOのプロフィール早見表

項目内容
アーティスト名MACCHO(マッチョ)
本名非公開
生年月日1978年4月8日
年齢47歳(2026年7月時点)
出身地神奈川県横浜市磯子区(南区六ツ川育ち)
身長非公開
ハーフ非公開
所属グループOZROSAURUS(リーダー)
非公開
インスタ@ozrosaurus_official

スポンサーリンク

MACCHOの読み方・本名・OZROSAURUSとの関係について

MACCHOの読み方は**「マッチョ」**です。

本名は非公開です。

オジロザウルス マッチョ 同一人物」という検索が示すように、OZROSAURUSとMACCHOが別のアーティストだと思っているリスナーも一定数います。

整理しておくと、OZROSAURUSはグループ名で、MACCHOはそのリーダーでありMCの名前です。

OZROSAURUSという名前の由来は「目を強調したかった」という理由から来ており、恐竜の持つ存在感と迫力が横浜のストリートシーンでの活動スタイルに重なっています。

MACCHOの年齢・身長について

MACCHOは1978年4月8日生まれで、2026年7月時点で47歳

78年式ラッパーの代表格ですね。

身長は非公開ですが、その存在感とパフォーマンスの迫力からの注目は高く、横浜のヒップホップシーンの「大怪獣」として長年語られてきました。

スポンサーリンク

MACCHOの生い立ち【横浜・14歳でのラップ開始・高校中退】

横浜市磯子区で生まれ、南区六ツ川で育つ

MACCHOは神奈川県横浜市磯子区で生まれ、幼い頃に横浜市南区六ツ川に転居して育ちました。

045(よんまるご) は神奈川県横浜市の市外局番で、MACCHOが「045レペゼン横浜」を掲げる時、それはこの街で育った自分の誇りそのものを意味しています。

横浜というシーンにはDS455・ZEEBRA・横浜銀蠅など、独自の音楽文化を積み上げてきた歴史があり、MACCHOはその系譜の中に生まれ、そして自らもその歴史を作った存在となっています。

14歳でラップを始め、高校を中退

中学校時代の14歳でラップを始めたMACCHOは、横浜市の武相高校に入学するもラップに専念するために中退します。

高校時代にはすでに雑誌に取り上げられるほどの注目を集めており、その若さでシーン内での存在感を示していたことがわかります。

「ラップに専念するために高校を辞める」という決断の早さと覚悟が、後のMACCHOのキャリアを支える土台になっています。

MACCHOとDS455——師匠との出会いと「045スタイル」の確立

MACCHOのラップスタイルを語るうえで欠かせないのが、DS455(ディーエス・フォーフィフティファイブ)との関係です。

DS455は横浜を代表するヒップホップグループで、アメリカ西海岸のウェストサイドスタイルを日本に持ち込んだパイオニア的存在です。

MACCHOはDS455の流派を継承し、ウェストコーストサウンドを日本語ラップに定着させた人物として評価されています。

DS455のMC MACCHOとして名乗り始め、1995年頃から本格的な活動を展開。この時代から「045」を冠した横浜レペゼンのスタイルが確立されていきました。

スポンサーリンク

OZROSAURUSの結成と「ROLLIN'045」の衝撃

1996年、MACCHOはDJ TOMOとともにOZROSAURUSを結成します。

HIP HOPがまだアンダーグラウンドだった時代から精力的に活動し、ZEEBRAやラッパ我リヤ、TWIGYとのコラボで知名度を上げていきます。

そして2001年にリリースした1stアルバム「ROLLIN'045」が8万枚のセールスを記録。

ポニーキャニオンという大手メジャーレーベルとの契約を果たし、横浜発のヒップホップグループとして全国規模の知名度を獲得しました。

「どの口が何言うかが肝心」という言葉は、この時代のMACCHOのスタンスを象徴するものとして多くのリスナーに語り継がれており、「言葉の重みはそれを発する人間の経験と覚悟から生まれる」という哲学がここに込められています。

MACCHOの交通事故と「The Phoenix(will rise)」

2003年、生死をさまよった交通事故

2003年にアルバム「JUICE」をリリースし、キャリアを順調に積み上げていたMACCHOに、突然の悲劇が訪れます。

アルバムリリース直後に交通事故に遭い、一時生死をさまよう事態となりました。

幸い一命は取り留めましたが、その直後に相方のDJ TOMOが音楽性の違いによりOZROSAURUSを脱退するという追い打ちが続きます。

逆境を超えて生まれた「The Phoenix(will rise)」

事故とメンバー脱退という二重の逆境を乗り越えたMACCHOは、DS455との新レーベル「BAY BLUES RECORDZ」を設立し活動を再スタート。

2006年の3rdアルバム「Rhyme & Blues」収録曲**「The Phoenix(will rise)」**は、死の淵から蘇った経験を直接的なテーマとした楽曲で、「生きている」ことの大切さをシーンへ問いかける内容として大きな反響を呼びました。

フェニックス(不死鳥)というタイトルそのものが、交通事故から復活したMACCHOの姿と重なり、多くのリスナーの心を打ちました。

MACCHOの肺の疾患について

交通事故での重傷に加え、肺の疾患という健康上の問題にも直面しながら、MACCHOは活動を継続してきました。

「喋ることができるだけで幸せ」という発言がインタビューで残されており、声とマイクという表現の道具が一時は失われるかもしれなかったという経験が、MACCHOのラップへの向き合い方をより深いものにしているといえます。

MACCHOと般若の関係

MACCHOと般若、2人の間には楽曲を通じた縁があります。

たとえば、「般若 / 土砂降りでも Remix feat. Benjazzy (BADHOP) , MACCHO (OZROSAURUS)」「MACCHO , NORIKIYO , 般若& DABO / Beats&Rhyme」「般若 / ジレンマ feat. MACCHO(OZROSAURUS)」「孤高の芸術 / MACCHO , RYUZO & 般若」など、東京を拠点にする般若と横浜のMACCHOがタッグを組んだコラボ楽曲は多数あります。

「MARIAの好きなラッパーはMACCHOさん」という話も知られており、シーン内での尊敬・信頼の高さが伝わってきます。

ANARCHYをはじめとした多くの後世のラッパーに影響を与えてきたMACCHOの存在は、世代を超えたリスペクトの対象であり続けています。

OZROSAURUSの新体制と現在の活動

2015年以降、OZROSAURUSは6人組のバンド編成へとリニューアル。

MACCHOをフロントに、ギター・ベース・ドラム・キーボードというバンドサウンドを加えた形での活動が始まりました。

2006年の横浜BLITZでの初ワンマンライブでは、ストリングス部隊(ヴァイオリン・チェロ・ヴィオラ)とグランドピアノを加えた「伝説のステージ」を作り上げたOZROSAURUSが、バンド編成へと舵を切ったことで、さらに表現の幅を広げています。

2026年7月時点でもMACCHOは精力的に活動を続けており、最新情報は公式Instagram(@ozrosaurus_official)やOZROSAURUSの各SNSで確認できます。

MACCHOとウェストコーストサウンドの日本定着

MACCHOがシーンに残した最大の功績のひとつが、アメリカ西海岸のウェストコーストサウンドを日本語ラップに定着させたことです。

Dr.Dre・2Pac・Snoop Doggらが作り上げたG-FUNKの影響を日本語ラップに組み込み、横浜という港町の空気感と融合させたMACCHOのスタイルは、「045スタイル」として後世のラッパーたちの手本になっています。

「ウェストサイドの流派に日本語を乗せた第一人者」という評価は、日本語ラップ史を語るうえで外すことのできない功績です。

MACCHOの音楽スタイルと世界観

「どの口が何言うかが肝心」という哲学

MACCHOの音楽の根底にある思想を最も端的に表すのが、**「どの口が何言うかが肝心」**というフレーズです。

言葉の重さはそれを発する人間の生き方と経験によって決まる——交通事故から生還し、肺の疾患を乗り越え、メンバーの脱退という逆境を超えてもラップを続けてきたMACCHOの言葉は、まさに「その口」から出るからこそ刺さるのです。

横浜へのリスペクトと「045レペゼン横浜」

MACCHOのリリックの一貫したテーマが「横浜への愛」です。

「045」という横浜の市外局番を冠した1stアルバムのタイトルに始まり、アルバム「Rhyme & Blues」の「Blues」という言葉が横浜の港町の哀愁と重なるなど、MACCHOの音楽は常に横浜という場所と切り離せない関係にあります。

「レペゼン横浜」は単なるスローガンではなく、MACCHOが自らの全キャリアを通じて体現してきた生き方そのものです。

MACCHOの人気曲まとめ

MACCHOの人気曲を紹介します。

AREA AREA / OZROSAURUS

OZROSAURUS / Players' Player feat. KREVA

OZROSAURUS - Hey Girl feat.CORN HEAD

OZROSAURUS / Rewind feat. ZORN

星を願う / OZROSAURUS

オジロザウルス WHOOO

OZROSAURUS - Profile

MACCHOのプロフィールまとめ

項目内容
アーティスト名MACCHO(マッチョ)
本名非公開
生年月日1978年4月8日
年齢47歳(2026年7月時点)
出身地神奈川県横浜市磯子区(南区六ツ川育ち)
身長非公開
所属グループOZROSAURUS(リーダー)
師匠DS455
非公開
代表曲BJブルース、ROLLIN'045、The Phoenix
インスタ@ozrosaurus_official

MACCHOの調査結果まとめ

  • 1978年4月8日生まれ、横浜市磯子区出身・南区六ツ川育ち。47歳(2026年7月時点)。本名・身長・嫁は非公開
  • 14歳でラップを始め、横浜市の武相高校を中退してラップに専念。DS455の流派を継承し「045スタイル」を確立した
  • 1996年にOZROSAURUSを結成。2001年の1stアルバム「ROLLIN'045」が8万枚のセールスを記録しメジャー進出
  • 2003年に交通事故で生死をさまよい、その後肺の疾患にも直面しながら活動を継続。「The Phoenix(will rise)」は復活の象徴的楽曲
  • 「どの口が何言うかが肝心」という哲学が示すように、自らの経験と生き様がリリックの重みを作る
  • ANARCHY・般若・ZORN・KREVAら多彩なアーティストとのコラボ実績を持ち、世代を超えたシーンのレジェンドとして活動中
  • OZROSAURUSは2015年以降6人組のバンド編成にリニューアル。現在も精力的に活動を継続

「045、レペゼン横浜」——交通事故で死の淵をさまよっても、肺を患っても、メンバーが抜けても、その言葉は変わりませんでした。

どの口が何言うかが肝心——MACCHOの口から出る横浜への愛は、何十年経っても本物のままです。

ほかのラッパーの情報もまとめてありますので、ぜひチェックしてみてくださいね〜。

スポンサーリンク