「日本語RAP改正開始」——このたった一言のスローガンが、日本語ラップの歴史を変えた。

1992年に結成されたヒップホップユニット・MICROPHONE PAGER(マイクロフォン・ペイジャー)

メンバーはMURO(ムロ)・TWIGY(ツイギー)・P.H.FRON(ピーエイチフロン)・MaSaO(マサオ)・DJ GO(ディージェイ・ゴー)の5人。

1993年の「改正開始」、1995年の唯一のオリジナルアルバム「DON'T TURN OFF YOUR LIGHT」、2009年の「王道楽土」——この3つの作品がMICROPHONE PAGERという名前を伝説にしていきました。

今回はMICROPHONE PAGERについて徹底的に調査した内容をお伝えします。

MICROPHONE PAGERのプロフィール早見表

項目内容
グループ名MICROPHONE PAGER(マイクロフォン・ペイジャー)
読み方マイクロフォン・ペイジャー
結成1992年
メンバーMURO(MC)・TWIGY(MC)・P.H.FRON(MC)・MaSaO(MC)・DJ GO(DJ)
スローガン日本語RAP改正開始
代表アルバムDON'T TURN OFF YOUR LIGHT(1995年)・王道楽土(2009年)
所属レーベルクラウンレコード(王道楽土)
現在の活動活動停止中
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MICROPHONE PAGERの読み方・名前の由来について

「MICROPHONE PAGER」の読み方は「マイクロフォン・ペイジャー」です。

「ページャー」とはかつての通信機器「ポケベル(ポケットベル)」のことで、「マイクロフォン(マイク)を持つポケベル」という意味から来ているとみられています。

ポケベルが全盛期だった90年代初頭に結成されたグループの命名として、時代の空気感が見事に反映されています。

「グループ名じゃなくムーヴメントだった」とMURO自身が語っているように、MICROPHONE PAGERというのは単なるグループ名を超えた、ある種の思想・運動の名前でもありました。

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MICROPHONE PAGERのメンバー紹介

MURO(ムロ)

KING OF DIGGIN'として世界に名を知られるMURO(本名:室田隆義、1970年3月25日生まれ、埼玉県川口市出身)は、MICROPHONE PAGERの核心的存在です。

80年代後半にKRUSH POSSEでラップキャリアをスタートし、KRUSH POSSEの解散(1992年)直後にGOとともにMICROPHONE PAGERを結成します。

後にラップからDJへとシフトし「KING OF DIGGIN'」として国際的な評価を獲得、安室奈美恵のプロデュースや村上隆のエキシビションでのDJパフォーマンスなど多方面で活動を展開してきました。

TWIGY(ツイギー)

日本語ラップシーンにおいて唯一「天才」の称号を与えられたと評されるラッパー。

1990年にはスティーヴィー・ワンダーのジャパン・ツアーに日本語ラップで参加し、1993年には米国のTommy Boyレーベルのコンピレーション作品「プラネット・ラップ:ア・サンプル・オブ・ザ・ワールド」に日本代表として参加するなど、当時から国際的な場での活動実績を持っていました。

その独特の声とフロウだけでなく、ファッションやスタイルでもヘッズたちを魅了し続け、「雷」「ランプアイ」「刀頭」などへの参加、加藤ミリヤ・aco・birdなどの女性ボーカルとのメロウな楽曲制作など、幅広い表現を展開してきました。

P.H.FRON(ピーエイチフロン)・MaSaO(マサオ)

P.H.FRONとMaSaOはMICROPHONE PAGERの設立期からのMCメンバーで、グループの多彩なフロウの多様性を形作った存在です。

2008年のグループ再活動においては、MUROとTWIGYを中心に新展開が進んだため、当時と同じ形での再集結ではない形での活動となりました。

DJ GO(ディージェイ・ゴー)

DJ GOはMURO・TWIGY・P.H.FRON・MaSaOらとともに1992年のMICROPHONE PAGER結成時からのDJメンバーです。

MUROとGOはKRUSH POSSE解散直後からMICROPHONE PAGERを始動させた創設メンバーの2人であり、DJ GOはグループのサウンドの土台を担ってきた存在です。

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