「TWO-J(トゥージェイ)の情報を詳しく知りたい」
「愛知県出身のラッパーについての情報を探している」
この記事はそんな方に向けて書いています。
日本のウエストコーストスタイルのHIP HOPシーンに欠かせない存在となっている愛知県豊橋市出身のラッパー「TWO-J(トゥージェイ)」についての研究結果を報告します。
この記事の目次
TWO-J(トゥージェイ)の情報まとめ【愛知県豊橋市のラッパー】
TWO-J(トゥージェイ)は愛知県豊橋市出身のラッパーで、その声とライミングはリスナーを虜にする魅力があります。
また、TWO-J(トゥージェイ)はトラックメーカーとしても定評があり、自身の楽曲のトラック制作から他のアーティストへの楽曲提供までは幅広く活動しています。
TWO-J(トゥージェイ)はウエストコーストのHIP HOPカルチャーに魅了されたのがきっかけでヒップホップにハマり、その後、HIPHOPアーティストとしての活動を開始します。
TWO-JとAK-69が出会った時のエピソード
TWO-J(トゥージェイ)はAK-69とW.C.C.のイベントで出会うのですが、当時17歳だったAK-69がTWO-Jと出会った時のオモシロいエピソードをラジオで語っているのでその一部を紹介します。
AK-69「俺ずっとTWO-Jとタメ(同い年)だと思っていて(笑)。しかも、TWO-Jの下の名前がアキラって言うんですけど、TWO-Jと会うといつも『アキラー!ウィッスウィッス!』みたいな感じで挨拶していて、TWO-Jも優しいからそれに合わせてくれていて(笑)。」
TWO-J「なんか元気のある人だな、と思っていた(笑)」
AK-69「その当時、名古屋のラッパーは東京のラッパーと出会った時に年上でも突っ張っていたので、あえてタメ語でいくという風潮があったとは言え、TWO-Jがタメだと思っていたのでそれが嬉しくて、いつもテンション高めに挨拶していました。でも、ある日のレコーディングスタジオの外でタバコを吸いながら、先輩ラッパーのG CUEくんとTWO-Jがタメ語で話しているのを見て、『え!?どういうこと!?』と思って、聞いてみると、TWO-Jが実は2年先輩だったことを知りました(笑)」
その名残があって、AK-69は先輩であるTWO-J(トゥージェイ)のことを今でも「TWO-Jくん」ではなく「TWO-J」と呼び捨てで呼んでいるのに敬語で話しているそうです。
TWO-J(トゥージェイ)のアーティスト活動
TWO-J(トゥージェイ)は2003年にKALT SOUNDSよりリリースした1stミニアルバム「PLAY ON THE STREET」でデビューし、その後、2005年には初のフルアルバム「II-J GROOVIN」をリリースして爆発的なヒットを記録します。
これがきっかけでTWO-J(トゥージェイ)はジャパニーズウェッサイシーンの主要ラッパーとなり、2007年にはHOOD SOUND RECORDSへ移籍し、2007年6月にアルバム「NEW OLD STOCK」をリリースして好調なセールスを記録します。
さらに、TWO-J(トゥージェイ)はライブ活動も勢力的におこなっており、国内のアーティストとの共演はもちろん、ICE CUBE, WC, DAZ DILLINGER, KURUPT, MC EIHT, FOESUMなどの数多くのWEST COASTを代表するHIPHOPアーティストのJAPAN TOURのフロントアクトをしてきました。
その後、TWO-J(トゥージェイ)はFOESUM, FINGAZZ, S.S.O.L., MARLON MONEYといったWEST COASTのアーティストのアルバムに客演で参加しています、
TWO-J(トゥージェイ)のプロデューサー活動
TWO-J(トゥージェイ)はプロデューサーとしての顔も持っており、数十曲にも及ぶ楽曲を国内外のアーティストに提供しています。
多くのアーティストから「TWO-Jが生み出す楽曲はTWO-Jにしか作れない 『TWO-J BEATS』だ」と高く評価されています。
TWO-J(トゥージェイ)が過去に楽曲を提供しているアーティストがこちらです。
- AK-69
- LGY
- PHOBIA OF THUG
- MR.OZ(ミスターオージー)
- EL LATINO(エルラティーノ)
- TONY THE BULL a.k.a.GANXTA CUE
- NORTH COAST BAD BOYZ
- HOKT
- ANTY the 紅乃壱(アンチザクノイチ)
- EQUAL(イコール)
- LA BONO
- RYUZO
- ANARCHY
- DESTINO
- 307BOYS
- FOESUM(海外アーティスト)
- SHADE SHEIST(海外アーティスト)
- NUNE(海外アーティスト)
また、2007年にTWO-J(トゥージェイ)はmixiのコミュニティの中で自身が制作したビートを900ドルでラッパーに提供するという活動もしており、ラッパーが活躍できるような支援をすることで日本のヒップホップシーン全体を盛り上げようとしていたのだと思います。
その後、TWO-J(トゥージェイ)はさまざまな経験を積み、2009年6月にリリースした待望のアルバム「Mr.DEUCE」が発売から一週間で過去の作品を遥かに上回るセールスを記録しています。
今、TWO-J(トゥージェイ)は日本のウエストコーストスタイルのHIP HOPシーンにおいて、無くてはならない存在になっています。
TWO-J(トゥージェイ)の人気曲ベスト5
Boy'z n da HOOD / TWO-J
II-J Groovin / TWO-J
California Cruisin / TWO-J
The World Be Like? / TWO-J feat.DJQUIK
HOLLYWOOD / AK-69 feat.TWO-J
TWO-J(トゥージェイ)の調査結果まとめ
最後に、TWO-J(トゥージェイ)の調査結果のまとめです。
- 声とライミングにリスナーを虜にする魅了がある
- 本当はG.CUEと同い年なのにしばらくの間、年下のAK-69に同い年だと思われていた
- 客演として数多くのラッパーの作品に参加している
- トラックメーカーとしての才能もあり国内だけでなく海外アーティストにも楽曲を提供している
- 日本のウエストコーストスタイルのHIP HOPシーンに欠かせない存在
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