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JEVAのラップスタイルとは?

JEVAは当時、illやdopeなものに憧れを抱いており、今とは違うスタイルのラップで音源を制作していました。

しかし、ラップを続けているうちに、「誰かと曲を作るのは気をつかって疲れるし、憧れのスタイルに寄せて制作するのもちょっとしんどいな」と思うようになりました。

そんな時に、岐阜に住んでいるラッパーの友人との会話の中で「すげぇ、道中長いよな」「雪がなかなか解けないよね」みたいなあるある話をしていたら、「そういう田舎の憂いみたいなテーマの曲を作ろうか!」という話になりました。

JEVAはこの時、自分のパーソナルな部分の曲を初めて作ったのですが、「すごくサクッと歌詞が出てきた」と語っています。

それまでは、断片的に書いた歌詞を繋いで、かなり時間をかけて歌詞を作っていたが、この時は「一筆書きで楽しくかける感覚」がありました。

これがきっかけとなり、憧れのラップスタイルに近づけるのではなく、自分の内にあるものを表現する曲をつくるという今のラップスタイルに変えていきました。

JEVAは数々のラップバトルにも参加しています。

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JEVAとJET CITY PEOPLEの関係とは?

JEVAは、名古屋でイベントに出た時に知り合ったラッパーが、知り合いをたくさんfeaturingに入れてアルバムを作ろうとしていたのに誘わて、レコーディングをしに行った場所にいたのが、JET CITY PEOPLEの鷹の目でした。

その時、鷹の目から「レコーディングの機会があれば、また是非」と言ってもらえて、その後も何度かお世話になっているタイミングで、JET CITY PEOPLEから2010年8月に「Fat Bob’s ORDER」というコンピが出ることになり、「そこに曲を入れてもいいですか?」と言われて、「いいですよー」と答えて、たまたま入ったくらいの緩い感じでJET CITY PEOPLEとの繋がりが始まりました。

「JET CITY PEOPLEは明確な契約があるわけでもなく、呂布カルマを中心に近しい人が集まっているような集団で、作品が良ければスタイルがこうでないといけないという決まりもない」とJEVAは語っています。

JEVAは「聴いてくれている人達とそんなに変わらない生活をしていて、自分がそこで感じる誰にでもある部分をラップに変換して表現していきたい」とコメントしています。

JEVAは22歳の時から毎月、名古屋の「Buddha」というクラブで、呂布カルマや鷹の目たちが開催する日本語ラップのイベント「日乃丸」に出ています。

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