ラッパ我リヤの結成秘話

Mr.Q(ミスターキュー)は1993年に、ラッパーのMMC三好 (エムエムシーみよし)、DJのDJ TANAKEN (ディージェイ・タナケン)の3人で「ラッパガリヤ」というヒップホップグループを結成し、活動を始めました。

「ラッパガリヤ」という名前は、MMC三好が名付けました。

その後、3人での活動は事実上休止したので、Mr.Qは「ラッパガリヤ」の名前を継承してソロ活動を続けていました。

その後、Mr.Qは、ラッパーの山田マン(ヤマダマン)と出会って意気投合し、2人のMCによる「ラッパガリヤ」が誕生し、ライブ活動を中心に勢力的に活動を続けていきました。

1995年に、渋谷クラブ「CAVE」で開催されたイベントにラッパガリヤが参加し、そこに現ラッパ狩リヤのメンバーであるDJ TOSHI(ディージェイトシ)も参加しており、これがきっかけで3人は活動を共にするようになりました。

ラッパ我リヤの名曲「ヤバスギルスキル」のリリース

1995年にはコンピレーションアルバム「悪名」に、楽曲「ヤバスギルスキル」で参加し、これがラッパガリヤとして初の参加作品になりました。

1996年には、初の単独作品であるシングル「ヤバスギルスキル PART II」をインディーズレーベル「P-VINE」からリリースしました。

1997年にはグループ名を「ラッパガリヤ」から「ラッパ我リヤ」に表記変更し、Mr.Qが主催のレーベル「走馬党 Entertainment」から12インチシングル「言葉の科学」をリリースしました。

さらに、1998年9月25日に走馬党 Entertainmentから、ラッパ我リヤの初アルバム「SUPER HARD」をリリースしました。

その後、1999年に山嵐のアルバム『未体験ゾーン』収録の楽曲「嵐2000」に客演で参加し、2000年にDragon Ashの楽曲「Deep Impact」にも客演で参加するなど、ラッパ狩リヤとして活動の幅を広げていきました。

https://youtu.be/sV5I9g22V6c

ラッパ狩リヤのメジャーデビュー

2000年4月21日にDJ TOSHIがラッパ狩リヤに正式加入し、Victor Entertainmentからシングル「Do the GARIYA thing」を引っさげてメジャーデビューを果たします。

「Do the GARIYA thing」は日本語ラップ界の名曲で、伝説的な楽曲として、現在も多くのヘッズたちに聴かれ続けています。

その後、2000年7月18日にメジャー第1弾となる2ndアルバム『ラッパ我リヤ伝説』をリリースしてオリコン11位にランクイン、2001年7月18日に3rdアルバム『日本改造計画』をリリースしてオリコン20位にランクインしています。

さらに、2003年4月26日には、ラッパ狩リヤの3人が主演する映画『3on3』(監督:佐々木浩久)が、チアトル池袋のレイトショーで公園されました。

2003年の夏に開催されたヒップホップイベント「B-Boy Park 2003」のテーマ曲にシングル「NORINA」が起用され、イベントのトリを務めました。

さらに、2003年はラッパ狩リヤが結成10周年だったこともあり、多数のヒップホップアーティストが参加したイベント「乾杯!」が開催されました。

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