Eevee(イーヴィー)|アイドルのルービックキューブを崩して女性ラッパーに生まれ直した

「少し疲れたときや誰かと一緒に頑張りたい気分になった時に私の音楽を楽しんでもらえると嬉しいです。ヒップホップやっているけど怖くないので」——Eevee(イーヴィー)は笑いながらそう言います。

本名・瀧澤彩夏として小学5年生から芸能活動を開始し、ライジングプロダクション、.SHAR-LiEでアイドルとして活動してきたEeveeが2025年2月に「瀧澤彩夏」から「Eevee」へと改名したのは、「これまでの音楽に終止符を打ち、さらに進化していく」という覚悟からでした。

ダンス・歌・アクロバットと多彩なスキルをラップに融合させた唯一無二のパフォーマンスで、戦極MC BATTLEへの出場でシーン内に衝撃を与え、「シンデレラMCバトル」準優勝という実績も持ちます。

「普通の女の子がヒップホップやっても良い」というテーマで等身大のリリックを届け続け、2025年12月には渋谷WWWでの初ワンマンライブを大成功に収めました。

アイドル時代の「揃ったルービックキューブ」を自ら崩して進化の途中にあるEeveeから、今後も目が離せません。

ALBA(アルバ)|名古屋の大先輩・AK-69が認めた新時代の声を持つ女性ラッパー

名古屋を拠点に活動するラッパー・ALBA(アルバ)について語るとき、避けられないのがAK-69という名前です。

2025年1月にリリースされたAK-69のコラボレーションアルバム『My G's』の楽曲「Encore」にALBAが客演参加し、さらに同年6月9日の横浜アリーナ単独公演「69 -My G's in YOKOHAMA ARENA」にもゲストアーティストとして出演。

名古屋ヒップホップシーンの大先輩であるAK-69に「My G's(俺の仲間)」として認められたことが、ALBAの存在を一気にシーン全体に知らしめました。

AK-69・ZEEBRAをはじめ独自のヒップホップ文化を積み上げてきた名古屋から、「新時代ラッパー」として各クラブやメディアに紹介されるALBAは、神戸・京都など全国のクラブシーンへと活動の場を広げています。

本名・年齢は非公開。最新情報は公式Instagram(@alba_727)で確認できます。

名古屋という街が生んできたヒップホップの系譜を受け継ぎながら、新たな時代を切り開こうとしているラッパーです。

BabyNyca(ベイビーニカ)|フィリピンと日本、二つの国を体に宿した東海エリアの新星

「Making money に必死になっても失わないme」——このリリックに、BabyNyca(ベイビーニカ)というラッパーの強さが凝縮されています。

滋賀県出身・東海エリアを拠点に活動するBabyNycaは、9歳までフィリピンで育ち、ヒップホッププロデューサーとして活動する兄の影響を受けながら幼少期を過ごしました。

自宅がスタジオ代わりになっていたほどの音楽的な環境が、BabyNycaの独自のフロウの土台を作っています。

日本語と英語を自在に織り交ぜたバイリンガルなリリックスタイルと、かわいいキャラクターの裏から放たれる鋭いパンチライン。

「ベイビーキャラだし似合わんbeaf? 落とすだけso dopeyなshit」という一行がそのギャップを体現しています。

参加作品「24round」は100万回再生を突破し、DJ RYOW・¥ellow Bucksとのコラボ実績を積み上げながら、Apple Music・Spotifyの公式プレイリストにも選出。

フィリピンと日本という二つの国を背負ったBabyNycaの快進撃は、これからも続いていきます。

sheidA(シェイダ)|LA・NY・東京で育った感性が日本語ラップの常識を更新する

日本を拠点に活動するsheidA(シェイダ)は、ロサンゼルス・ニューヨーク・東京という三つの都市の多様な文化的環境で育ち、アニメやオタクカルチャーをエレクトロニックミュージックと融合させた独自の音楽世界を構築しています。

sheidAはENHYPEN・Crystal Kay・m-floへの楽曲提供実績を持ちながら、ラップスタア2024でトップ8入りを果たした。

「Doja Catや初期の宇多田ヒカルを彷彿とさせる」と評されるR&Bボーカルとラップを兼ね備えたスタイルは、どこにもカテゴライズできない新しさを持っています。

交際中のTade Dustとのコラボ「br34k」、Bonberoとの「Every Night」など、シーン内での信頼も厚いアーティストです。

2026年2月には新EP「P-A-R-T-Y」を発表し、さらなる進化を見せています。

日本語と英語を自在に横断するsheidAの表現は、国境もジャンルも軽やかに越えていきます。

Alif Wolf(アリフ・ウルフ)|「HIPHOPがなかったら、生きてこれなかった」埼玉の孤独な狼

「ママ売りたがる 私を20万で」——2025年のラップスタア2025でそのリリックが流れた瞬間、名前を知らなかった人たちが「誰だこのラッパー」と検索し始めました。

埼玉県出身のAlif Wolf(アリフ・ウルフ)は、1匹狼を意味するアーティスト名の通り、ずっと一人で曲を作り続けてきたフィメールラッパーです。

「HIPHOPがなかったら、ここまで生きれてるかわからない」という言葉の重さが、彼女のリリックの核心を語っています。

普段のペイン系楽曲では余白を残すスタイルを取りながら、ラップスタアのステージではその余白を全部捨てた。

「自分の中にある痛みも怒りも、そのまま音にした」という一夜が、Alif Wolfをシーンに刻みました。

2026年4月に公開した「What Did You Say?」は数日で14万回再生を突破。

オールブラックにブレイズというビジュアルと、楽曲冒頭の狼の遠吠えで「狼=Alif Wolf」というアイコンが確立されつつあります。

Chaki Zulu・STUTSビートによる新曲も控え、埼玉の孤独な狼はまだ吠え続けます。

3Li¥en(エリイェン)|日本でもナイジェリアでもない宇宙から来たギャルラッパー

埼玉県戸田市生まれ、日本人の母とナイジェリア人の父を持つ3Li¥en(エリイェン)は、「旅行」と言われてついていったらナイジェリアのラゴスで小学校に入学させられていた、という強烈な幼少期を経験しています。

約7年をナイジェリアで過ごし、その後アメリカにも渡り、日本に戻っても「自分だけが黒人の子供」という感覚の中で育ちました。

10代には家族の問題、暴力的な環境、キャバクラ勤務という荒れた生活を送っていましたが、大阪で出会った元カレの「人は動けば変わんで」「結局死ぬのに、あんた何も成し遂げんくてええの?」という言葉で「ハイエナジーを食らった」と人生が180度変わります。

2024年に千葉雄喜の「チーム友達」GALSリミックスへの参加でデビューし、MVはYouTubeで400万回再生を突破。ラップスタア2025でHOOD STAGEに進出し、2025年12月には1stアルバム「High Energy」をリリースしました。

日本でもナイジェリアでもアメリカでもない——だから「宇宙人(3Li¥en)」を名乗るこのラッパーは、「音楽で宇宙制覇」を本気で狙っています。

七愛(ななみ)|アイドルの棘を抜いてR&Bラッパーに咲き直した

「綺麗なだけならとっくに枯れたこの命/棘ごと抱けるやつだけついてきな」——このリリックが、七愛というアーティストへの扉を開く一文です。

福岡県福岡市出身、2005年生まれの七愛(ななみ)は、16歳から音楽活動を開始し、ソニー・ミュージックアーティスツ所属のダンス&ボーカルグループELSEEのNANAMIとして活動してきました。

2025年11月から体調不良でイベントを休止し、その後2025年12月31日に本人の意思でELSEEを脱退。2026年1月よりソロアーティスト「七愛」として本格始動しました。

R&Bを軸に透明感のある歌声とエッジの効いたラップを織り交ぜる七愛のスタイルは、作詞・作曲からミキシング・マスタリングまで自身で手がけるセルフプロデュースが支えています。

「守られるだけじゃ咲けないらしいな」というリリックは、グループを離れて一人で外の世界に飛び出した自分自身への言葉でもあります。

4月にリリースした「薔薇」はiTunes Storeのヒップホップチャートで台湾3位・香港4位を記録し、2026年8月には台湾の大型音楽フェスへの出演も決定。真っ赤な棘付きの薔薇は、アジアへと向かっています。

#KTちゃん(#KTCHAN)|2週間の練習で国技館まで行った横浜のシンデレラガール—

「やっほー」——その一言から始まるフリースタイルが、高校3年生の女の子を一夜でHIPHOP界の話題の中心に引き込みました。

神奈川県横浜市出身の#KTちゃん(本名・佐々木圭音)は、たった2週間の練習で「高校生RAP選手権」の予選を突破したという驚異的なデビュー経緯を持っています。

しかも練習していたのは相手をディスるラップではなく、ディズニーやファンタジーの世界観を取り入れた「周りのものを褒めるラップ」でした。

「人を傷つけることが本当に怖かった」という言葉が示す通り、「直接ディスらないRAP」という唯一無二のスタンスが「KT劇場」と呼ばれるほどの熱狂を生み出しました。

フリースタイルデビューからわずか8カ月で両国国技館の舞台に立ち、戦極MCBATTLEでは女性初のベスト4を達成。

「BaNe BaNe」は1,000万再生を突破し、2025年1月・成人の日に「距離ガール」でメジャーデビューすると全国ラジオチャートで1位を獲得しました。

「飛んできたナイフは、プレゼントで返したい。」という初の著書タイトルが、このラッパーの生き方そのものです。

あっこゴリラ|ノリで始めたラップがヒップホップに人生を救わせた

「自信ないのに、衝動は抑えられない」——この相反するエネルギーを抱えたまま突き進んできたのが、あっこゴリラという人間です。

東京都練馬区出身、本名・池田暁子。父は官能小説家、2歳年上の兄への愛を語る紙芝居ラップがすべての始まりでした。

美容専門学校を中退して男性小説家を目指すも断念、ガールズバンドHAPPY BIRTHDAYのドラマーとしてソニー・ミュージックよりメジャーデビューするも2015年に解散。

バンド解散後、「ノリで体が先に動いた」という衝動でラップを始め、KEN THE 390との出会いをきっかけにMCバトルへと飛び込みました。

女性のみのMCバトル「CINDERELLA MCBATTLE」の初代優勝を果たし、2018年には1stアルバム「GRRRLISM」をリリース。

固定概念や同調圧力への問いかけをすべてのジェンダー・年齢・国籍に向けて発信し続けています。

2019年よりJ-WAVE「SONAR MUSIC」のナビゲーターを務め、2020年にはKANDYTOWNのBSCとの結婚を発表。

「ヒップホップに救われた人生です」——その言葉の説得力が、あっこゴリラの音楽の重みを作っています。

Daoko|花火みたいに煌めきたい、陰から生まれた唯一無二の声

「命は消耗品だと思ってる。花火みたいにパッと咲いてきれいだって思ってもらえればそれでいい」——18歳のDaokoがそう語ったとき、日本の音楽シーンに電流が走りました。

東京都渋谷区出身のDaoko(だをこ)は、1997年3月4日生まれ。中学3年でニコニコ動画にラップを投稿し、校則で芸能活動が禁止された高校に通いながら顔を隠したまま3枚のアルバムをリリースするという異例の10代を過ごしました。

「陰の部分から生まれるものがほとんど」という言葉通り、学校へのフラストレーションとインターネットへの逃避が、唯一無二のリリックの源泉になっていきます。

m-floのTakuに発掘され、中島哲也監督の映画挿入歌に起用され、庵野秀明のスタジオカラーとも組む——顔を隠したまま、大物クリエイターたちに次々と見出されていきました。

2015年に高校卒業と同時にメジャーデビューし、2017年には米津玄師との「打上花火」がYouTube6.4億回再生・紅白出場という頂点へ。

現在は自主レーベル「てふてふ」で活動を続け、2025年には初のアジアツアーも実現しました。

yura|元イタリアンシェフの父と二人三脚、川崎生まれのZ世代

「まだまだ不安なことや自信がないこともあるけど、このままの私たちで大丈夫!」——この言葉をそのままリリックにして楽曲をリリースできるのが、yuraというラッパーの強みです。

神奈川県川崎市出身、2004年5月16日生まれのyuraは、ロックとヒップホップを融合させたシンガーソングライターとして活動しています。

yuraの音楽の最大の特徴は、すべての楽曲を実の父親・F/とともに制作しているという点です。驚くべきことに、F/はyuraと音楽を始めるまで音楽経験がまったくなく、イタリアンのシェフをしていた人物でした。

コロナ禍を機に「音楽活動を始めたかった娘」と「意見が合致した父親」が二人三脚で活動をスタートさせ、現在ではトラック制作からMVプロデュース、TikTok撮影まで父が担当しています。

ほぼ毎日TikTokに投稿し、毎週月曜日には即興ラップを欠かさず公開するという継続力も際立っています。2025年には年間12作品をリリース。

「VipよりGodより なりたい自分のBigが非売品」というフレーズに象徴されるZ世代のリアルな感情が、同世代から強い共感を生んでいます。

MFS|東京育ちの純粋な日本人が世界45カ国をフリーキーに制す

「名前はMother Fuckin Savageなんですけど、全然普通の純粋な日本人の育ちで普通の人ですってのが逆に売りです」——このギャップがMFSというラッパーの核心です。

1998年7月23日生まれ、東京都出身の女性ラッパー・MFS。20歳で大阪に移り住み、Tha jointzのJASSのすすめでラップをスタート。半年も経たない2020年7月にデビューシングル「BOW」をリリースしました。

その「BOW」が2022年に世界的ゲーム「Overwatch 2」にフィーチャーされ、世界45カ国以上のViral Chartsにランクインするという日本発アーティストとして異例の快挙を達成。さらにAwichのアルバム「Queendom」収録の「OHAYO feat. MFS」でも国内の幅広いリスナーにその名を刻みました。

「軸がないことが私の軸」「人をdisるラップはしたくない」というピースな哲学が音楽と日常の両方に一貫しており、「フリーキー」という言葉で自分のスタイルを表現するMFSの音楽はジャンルもフィールドも横断し続けています。

母の影響で幼少期からブラックミュージックに、クラシックバレエでクラシック音楽にも親しんだ素地が、どんな音楽でもすっと吸収するMFSの感性を育てました。

日本各地のラッパー情報もまとめてあるので、ぜひチェックしてみてください。

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