京都府出身のラッパー「ANARCHY(アナーキー)」の情報をまとめたので、ぜひご覧ください。
ANARCHY(アナーキー)の情報まとめ【楽曲・交友関係・生い立ち】
ANARCHY(アナーキー)は、京都府出身のラッパーで、日本を代表するHIPHOPアーティストのひとりです。
ANARCHYは、日本の中でも特に治安が悪いといわれている京都府伏見区向島出身ということもあり、1stアルバム「Rob the world」や2ndアルバム「Dream and Drama」では、主に過酷な家庭環境や生い立ちをリリックに綴った曲が多いです。
その後、2014年にメジャーデビューを果たし、それ以降は、成功者として「成功したこと」を曲にしていることが多くなりました。
ANARCHYは、ラッパーとしての活動のほか、俳優や映画監督など活動の幅を広げています。
2008年2月15日には、自身の生い立ちからラッパーになりたての頃までの話を綴った自叙伝「痛みの作文」を発表しています。
現在は自身のレーベル「1%(ONEPERCENT)」を立ち上げて、所属する若手ラッパーのWILYWNKAやLeon Fanourakisなどの育成にも力を入れています。
ANARCHYの生い立ち【両親の離婚〜小学生時代〜中学生時代】
ANARCHYは1981年9月2日に大阪府で生まれ、3歳の時に京都府伏見区向島の市営住宅・向島ニュータウンに引っ越しました。
ANARCHYが7歳の時に両親が離婚して、母親が家を出て行ったので、父親に引き取られて育てられました。
子どもの頃は、父親と2人でかなりの極貧生活を過ごしており、当時の食事はほとんどインスタントラーメンでした。
ANARCHYは小学生の頃から金髪で、当時のあだ名は「金髪ケンタ」で、当時の日課は、夜な夜な出歩いて鍵付きのバイクを探し歩くことでした。
小学生の時に漫画「スラムダンク」にハマり、バスケットボールを始め、中学生の頃にはバスケットボール部のキャプテンを務めていました。
中学時代は、ほとんど授業に出席せず、バスケットボールや遊び、ケンカに明け暮れる日々を過ごしていました。
ANARCHYは中学3年生の時に300人集客した
ANARCHYは、中学1年生の時に初めて行ったクラブでヒップホップと出会い、それがきっかけでヒップホップにハマり、自身でもラップを始めるようになります。
ミックステープが流れるラジカセを囲んで、友人たちとフリースタイルをする日々を送りました。
中学3年生の時には、自分たちでクラブを貸し切って、自主イベント「覚醒」を開催し、300人を集客しました。